第55話 詩人と最後の夜
夜は、静かだった。
けれど、その静けさは“終わり”のようでいて、“始まり”でもあった。
カフェ<カオスフレーム>のランプが、
青・白・金の三色に揺れている。
それはまるで、“星の詩”、“影の詩”、“夜の詩”が
ひとつに混ざり合って光っているようだった。
「……そろいましたね」
私はカウンターの上で、三つのノートを並べる。
マーリンが頷く。
「ええ。これで世界の“夜”は、ようやくひとつになれる」
ポエールが鎧を鳴らす。
「詩人殿、では、いよいよ“夜の完成”であるな!」
「ちょっと穏やかに言ってください……夜が逃げます」
「むっ……では静かに見守る!」
グラスが“ぷにぃ”と鳴き、
オグリは窓の外の空を見上げていた。
そこには、まるで息を潜めたような星々が浮かんでいる。
◇ ◇ ◇
「詩人。
“最後の夜”とは、世界がもう一度“詩になる”時間だ」
オグリの声が低く響く。
「お前の言葉が、空を形づくる」
「……そんな大それたことを」
「もう何度もやってきたことだろう」
その一言に、胸が熱くなった。
前の詩人――“無名の客”の言葉が思い出される。
――“詩人は名を重ね、言葉を渡してゆく”。
私はノートを開き、ペンを取った。
◇ ◇ ◇
“夜は書かれるためにある。
闇は読むためにある。
光はそのあいだで、
ただ静かに息をしている。”
最初の一行を書いた瞬間、
ランプの光がふっと消えた。
けれど、恐怖はなかった。
世界が、息を潜めて私の詩を待っている。
そんな感覚だけが、確かにあった。
◇ ◇ ◇
マーリンが杖を掲げ、
ポエールが剣の柄を握りしめる。
しかし私は首を振った。
「いいんです。
これは、言葉の戦いじゃない。
――“呼吸”の時間です」
ペンが走る。
“影よ、光を忘れるな。
星よ、沈黙を恐れるな。
夜よ、名を捨ててもなお、美しくあれ。”
その瞬間、
空が――開いた。
◇ ◇ ◇
屋根の向こうで、星々が流れる。
流星ではなく、“文字”が流れていた。
光の帯が空を渡り、言葉になって散っていく。
<カオスフレーム>の外では、
眠っていた街の灯が次々と目を覚ましていく。
影が伸び、風が光を運ぶ。
世界そのものが、詩を朗読しているようだった。
「詩人殿……これが、世界の呼吸か……!」
ポエールの声が震える。
マーリンが涙を拭いながら笑う。
「詩って、本当に……生きてるのね」
◇ ◇ ◇
私はノートを閉じ、
最後のページに静かに書いた。
“終わりではなく、眠り。
消えるのではなく、静まる。
夜が再び来るとき、
詩人は新しい朝を呼ぶ。”
その言葉が完成した瞬間、
空の文字たちはひとつに溶け合い、
巨大な“光のランプ”の形を描いた。
それは世界を照らす一杯の珈琲のように――
やさしく、静かに輝いていた。
◇ ◇ ◇
オグリが小さく呟く。
「……これで、世界はひと息つけるだろう」
「そうですね。
私たちも少し、休みましょうか」
ポエールが笑い、スライムが“ぷにぃ”と鳴く。
マーリンは杖をテーブルに立てかけ、
ゆっくりと目を閉じた。
私は青い炎の灯るカップを手に取り、
その香りを静かに吸い込んだ。
“詩は、終わらない。
人が息をする限り、
世界は、書き続けられている。”
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第56話「詩人と新しい朝」
「夜が明けたあと。
世界は少しだけ静かで、
カフェ<カオスフレーム>には、
“最初の客”がまたやってくる。」




