第5話 カフェに必要なのは椅子の耐荷重
三時の合奏が終わった後、私はそっと椅子に目をやった。
……ミシミシ。
やっぱり聞こえる。あれは木の悲鳴だ。
特に危ういのは、マーリンが座っている椅子だ。
彼女がちょっと動くたびにローブぱつん、筋肉むちり、椅子ミシミシ。
重量の大半は杖(=ダンベル)だと信じたいけれど、正直どっちもどっちだ。
「マリエル! 見て見て! このパフェ、すごく可愛い!」
マーリンはベリーをスプーンですくい、腕をぐっと曲げる。上腕二頭筋が躍動し、机の下の椅子が悲鳴を上げる。
「マ、マーリン様……もう少し優しく座ってください……!」
「大丈夫大丈夫! 私、可愛いものの前では力加減できるから!」
その瞬間、机がかたんと揺れ、パフェのベリーがぽとりと床に落ちた。
「……可愛さに動揺しただけ!」
マーリンは真顔で弁解する。
◇ ◇ ◇
窓際のオグリはブレンドを啜りながら、低音で言った。
「君の椅子たちも説得が必要のようだな」
「説得というより……修理かもしれません」
「いや、修理より先に耐荷重の見直しだ」
馬の顔で真剣に言われると、こちらも真剣にならざるを得ない。
ポエールは胸を張って鎧をがしゃんと鳴らす。
「椅子など戦場では使わぬもの。座が軋むのはむしろ栄誉!」
スライムが「ぷにっ」と同意のように揺れた。
「戦場じゃないんです、ここは……」
私はモップを持ちながら思わず突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
その後も状況は悪化した。
マーリンが「美味しい!」と叫んでスプーンを掲げれば椅子がギシィッと鳴る。
ポエールが立ち上がるたびに鎧の重みで椅子がミシッと軋む。
オグリが新聞を広げるだけで、馬の首が動いた反動で椅子がコトンと揺れる。
どの椅子も限界に近づいていた。
椅子は無言だが、確かに私にこう訴えていた。
——詩じゃなくて、請求書にしてくれ。
◇ ◇ ◇
私は覚悟を決め、帳面に新しいページを開いた。
「椅子の補強について」
板を厚くするか、足を鉄にするか、それともいっそ石のベンチにするか。
異世界のカフェで一番必要なのは、エプロンでも雑巾でもなく、どうやら椅子の耐荷重らしい。
私は詩を一行書き加える。
——日常を支えるのは木材。木材を支えるのは耐荷重。
その言葉を読み返して、なんだか笑ってしまった。
詩も請求書も、ここでは紙の上に同居するのだ。
◇ ◇ ◇
「マリエル! 次はもっと大きいパフェをお願いね!」
マーリンの声に、椅子が一段と大きくミシミシと鳴いた。
私は慌てて返事をする。
「……まずは椅子を新調してから、ですね!」
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第6話「砂糖水に沈む哲学」
「スライムが砂糖水に沈みました。ぷにぷにしながら考えているようですが、哲学なのか居眠りなのか……私にはまだ判別できません」