表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/101

第49話 詩人と影の言葉

朝なのか、昼なのかも分からない光の中を歩き続け、

 私たちは、やがて一つの集落にたどり着いた。


 そこは“影のない村”だった。

 建物にも人にも、影がない。

 光は確かにあるのに、どこにも落ちない。


「……不思議というより、怖いですね」

「詩人殿、ここは“影の言葉”を失った土地だ」

 ポエールの声も、いつもより少し低い。

 鎧の輝きが、やけに白く見えた。


 マーリンがローブの裾をつまみ、土をすくい取る。

 土まで白かった。


「すべての色を“光が食べてる”。

 影がないと、時間すら進まないのよ」


◇ ◇ ◇


 村人たちは穏やかに挨拶してくれる。

 けれど、誰も私たちの顔を見ない。

 笑顔を向けても、空を見上げるだけ。


 オグリが静かに言った。

「彼らは、自分の影が消えたことに気づいていない」

「え?」

「影を失うと、自分を映す“内側”を見失う。

 外の光だけで、世界を測るようになる」


「それって……詩のない人生、みたいなものですか?」

「似ているな」


◇ ◇ ◇


 村の中心には、泉があった。

 けれど水面も光を反射するだけで、空しか映さない。

 私はしゃがみこみ、水面に手を伸ばした。


 冷たい。

 指先に、ざらついた光がまとわりつく。

 水じゃなくて、まるで粉になった太陽。


「……これじゃ、影が生まれない」


 その瞬間、カップの中の光が震えた。

 昨日の“星の種”が、まるで反応している。

 私はそっとカップを泉の上にかざす。


 すると、微かに音がした。


◇ ◇ ◇


 ――声。


 泉の奥から、何かが囁いている。

 それは、人の声でも、風の音でもない。

 もっと古く、もっと柔らかい“詩”のようなもの。


“影は言葉。

失えば、人は心を忘れる。”


「……聞こえました?」

 私が問うと、マーリンが頷いた。

「“影の詩”ね」


 泉の底から、黒い花びらのようなものが浮かび上がった。

 それは光に溶けず、かすかに輝いている。

 私の胸の中で、なぜか懐かしさが広がった。


◇ ◇ ◇


 ポエールが花びらを拾い上げ、

 スライムのグラスがその周りをぷにぷにと跳ねる。


「これは“影の記憶”の具現化だ」

 オグリが言う。

「詩人、詠め。

 その花びらが、次の言葉を待っている」


 私は頷き、息を吸い込んだ。


“影よ、眠るな。

君が消えれば、

光は自分を見失う。”


 言葉が落ちた瞬間、

 村中に“影”が戻り始めた。


◇ ◇ ◇


 建物の下に、輪郭ができる。

 人々の足元に、ようやく黒が宿る。

 それはまるで、世界が自分の姿を取り戻す瞬間だった。


「……あった、私の影……!」

 村人の一人が声を上げた。

 その声が合図のように、あちこちで歓声が上がる。


 子どもが地面に手をつき、影と握手をした。

 老女が涙を拭きながら、

 壁に映る自分の輪郭を確かめていた。


◇ ◇ ◇


 私はノートを開き、今日の詩を書き留めた。


“光だけでは世界は眩しすぎる。

影だけでは人は歩けない。

ふたつの間で息をすること、

それが生きるということ。”


 風が吹き、黒い花びらが空へ舞い上がった。

 カップの中の光が静かに脈打つ。


「……“影の詩”を得たようだな」

 オグリの声に、私は頷いた。

「次は、“夜の詩”ですかね」

「そうだ。だが、夜を知るにはまだ早い」

「詩人殿、では一度カフェへ戻るか?」

「ええ。夜を取り戻す旅は、焦らずゆっくり。

 詩と珈琲は、どちらも淹れすぎると苦くなるものですから」


 ポエールが笑い、スライムが“ぷにぃ”と鳴いた。

 そして、世界はほんの少しだけ――やさしくなった。


◇ ◇ ◇


――次回予告――

第50話「詩人と帰還のブレンド」

「旅を終え、カフェ<カオスフレーム>に戻るマリエルたち。

 けれど戻った店には、“見慣れぬ客”が座っていた――。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ