第49話 詩人と影の言葉
朝なのか、昼なのかも分からない光の中を歩き続け、
私たちは、やがて一つの集落にたどり着いた。
そこは“影のない村”だった。
建物にも人にも、影がない。
光は確かにあるのに、どこにも落ちない。
「……不思議というより、怖いですね」
「詩人殿、ここは“影の言葉”を失った土地だ」
ポエールの声も、いつもより少し低い。
鎧の輝きが、やけに白く見えた。
マーリンがローブの裾をつまみ、土をすくい取る。
土まで白かった。
「すべての色を“光が食べてる”。
影がないと、時間すら進まないのよ」
◇ ◇ ◇
村人たちは穏やかに挨拶してくれる。
けれど、誰も私たちの顔を見ない。
笑顔を向けても、空を見上げるだけ。
オグリが静かに言った。
「彼らは、自分の影が消えたことに気づいていない」
「え?」
「影を失うと、自分を映す“内側”を見失う。
外の光だけで、世界を測るようになる」
「それって……詩のない人生、みたいなものですか?」
「似ているな」
◇ ◇ ◇
村の中心には、泉があった。
けれど水面も光を反射するだけで、空しか映さない。
私はしゃがみこみ、水面に手を伸ばした。
冷たい。
指先に、ざらついた光がまとわりつく。
水じゃなくて、まるで粉になった太陽。
「……これじゃ、影が生まれない」
その瞬間、カップの中の光が震えた。
昨日の“星の種”が、まるで反応している。
私はそっとカップを泉の上にかざす。
すると、微かに音がした。
◇ ◇ ◇
――声。
泉の奥から、何かが囁いている。
それは、人の声でも、風の音でもない。
もっと古く、もっと柔らかい“詩”のようなもの。
“影は言葉。
失えば、人は心を忘れる。”
「……聞こえました?」
私が問うと、マーリンが頷いた。
「“影の詩”ね」
泉の底から、黒い花びらのようなものが浮かび上がった。
それは光に溶けず、かすかに輝いている。
私の胸の中で、なぜか懐かしさが広がった。
◇ ◇ ◇
ポエールが花びらを拾い上げ、
スライムのグラスがその周りをぷにぷにと跳ねる。
「これは“影の記憶”の具現化だ」
オグリが言う。
「詩人、詠め。
その花びらが、次の言葉を待っている」
私は頷き、息を吸い込んだ。
“影よ、眠るな。
君が消えれば、
光は自分を見失う。”
言葉が落ちた瞬間、
村中に“影”が戻り始めた。
◇ ◇ ◇
建物の下に、輪郭ができる。
人々の足元に、ようやく黒が宿る。
それはまるで、世界が自分の姿を取り戻す瞬間だった。
「……あった、私の影……!」
村人の一人が声を上げた。
その声が合図のように、あちこちで歓声が上がる。
子どもが地面に手をつき、影と握手をした。
老女が涙を拭きながら、
壁に映る自分の輪郭を確かめていた。
◇ ◇ ◇
私はノートを開き、今日の詩を書き留めた。
“光だけでは世界は眩しすぎる。
影だけでは人は歩けない。
ふたつの間で息をすること、
それが生きるということ。”
風が吹き、黒い花びらが空へ舞い上がった。
カップの中の光が静かに脈打つ。
「……“影の詩”を得たようだな」
オグリの声に、私は頷いた。
「次は、“夜の詩”ですかね」
「そうだ。だが、夜を知るにはまだ早い」
「詩人殿、では一度カフェへ戻るか?」
「ええ。夜を取り戻す旅は、焦らずゆっくり。
詩と珈琲は、どちらも淹れすぎると苦くなるものですから」
ポエールが笑い、スライムが“ぷにぃ”と鳴いた。
そして、世界はほんの少しだけ――やさしくなった。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第50話「詩人と帰還のブレンド」
「旅を終え、カフェ<カオスフレーム>に戻るマリエルたち。
けれど戻った店には、“見慣れぬ客”が座っていた――。」




