第48話 詩人と夜を取り戻す旅
朝と夜のあいだ。
まだ街灯が消えきらない時間に、
私はカフェ<カオスフレーム>のカウンターに立っていた。
カップの底には、昨日芽吹いた“星の光”がまだ揺れている。
その光が、まるで道しるべのように
東の空を指して瞬いていた。
「……行かなくちゃ、だよね」
私の呟きに、
棚の隅で“ぷにぃ”と鳴く声が応えた。
◇ ◇ ◇
「詩人殿、準備は万端である!」
ポエールが勢いよく扉を開けた。
足元のスライム――グラスが、ぷにぷにと体を揺らしている。
今日は旅支度なのか、丸い体に小さな布を巻きつけていた。
「む、勇敢なマントである!」とポエールが胸を張る。
「……どう見ても可愛いだけですけど」
「むむっ! 可愛さも勇気の一形態である!」
そんなやり取りに、少しだけ緊張がほぐれた。
その後ろから、オグリとマーリンも姿を現す。
「おい詩人。馬は歩き、魔法使いは杖を持ち、詩人は何を持つ?」
「えっと……カップ、ですかね」
「詩人らしい」
「でもちょっと心もとないですね……」
マーリンが苦笑して肩をすくめた。
「詩とカップがあれば、だいたい何とかなるわ」
◇ ◇ ◇
出発前、私はカウンターの奥にある創業ノートを開いた。
空白の最後のページに、昨日の光の跡が残っている。
そこに、ゆっくりと書き加えた。
“この詩を携え、
私は世界を歩く。
夜を忘れた空に、
言葉の灯をともすために。”
書き終えた瞬間、ノートが淡く光り、
ページから一枚の羽が舞い上がった。
それは“カフェの香り”を纏ったまま、外の風へと流れていった。
「……行こう」
◇ ◇ ◇
街を出ると、世界の景色が違って見えた。
太陽の輪郭が薄く、空はやや白い。
遠くの山の上には、まだ星の芽が残っている。
その光が風に揺れ、まるで“夜の花”のように瞬いていた。
「これが……“夜を忘れた空”」
マーリンが呟く。
光があるのに、影がない。
昼と夜の境界が曖昧な世界。
「詩人殿、あの山の向こうに何か見えるぞ!」
「本当?」
「光の柱だ! たぶん、星の根源!」
ポエールの指差す先に、
淡く脈打つ光の柱が天へと伸びていた。
まるで“世界の灯心”のように。
◇ ◇ ◇
オグリが言った。
「詩人。
あの光を取り戻すには、三つの“言葉の欠片”が必要だ」
「欠片?」
「ああ。
“夜の詩”、“影の詩”、そして“星の詩”。
それらを一つに紡げば、夜空は再び蘇る」
「それ、どこにあるんですか?」
「さあな。だが、詩人の足が向かうところに必ずある」
「それ、便利で曖昧ですね」
「詩というのはそういうものだ」
その答えに、なぜか納得してしまう。
◇ ◇ ◇
昼の光の中を歩くうちに、
道の上に影がほとんど落ちていないことに気づいた。
木々の葉の下にも、足の下にも、
光だけがある。
まるで世界全体が“光の裏側”になっているようだった。
「……これが夜の欠落」
マーリンの声はかすかに震えていた。
杖の先に炎を灯すと、
その光にだけ、かろうじて影が生まれる。
「詩人、この影を消すな。
影はまだ、夜の記憶を持っている」
「はい……」
◇ ◇ ◇
夕方、丘にたどり着いた。
カップの中の光が強く揺れ、
遠くで小さな星の粒が降り始めた。
「……夜が、少し戻ってきてる」
マーリンが微笑む。
ポエールが胸を張り、
スライムが“ぷにぃ!”と跳ねる。
「詩人殿、我らの詩が夜を呼ぶのだな!」
「そうね。
夜は、忘れられた言葉たちの帰る場所だから」
◇ ◇ ◇
私はカップを掲げ、静かに詩を口にした。
“夜は眠りではない。
それは、言葉の帰る家。
星たちは詩人の子。
闇のなかで、光を覚える。”
空にひとつ、星が灯った。
ほんの小さな光。
けれど、その光が、世界に夜の色を思い出させた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第49話「詩人と影の言葉」
「“言葉の欠片”を探す旅の途中、
マリエルたちは“影を失った村”に辿り着く。
そこには、詩人を待つもう一つの声があった。」




