第46話 詩人と灯りのうた
夜風がやわらかく、街が静かだった。
昨日までの暗闇が嘘のように、
ランプは灯りを取り戻し、
影がまた壁を泳ぎ始めていた。
私は店を閉めたあと、
いつものように外の通りを掃いていた。
小石の間を雨水が流れ、
舗道の上に淡い光が反射している。
そのとき、
何かが足元で小さく“ちりん”と鳴った。
◇ ◇ ◇
見ると、それは――光る“影”だった。
大人の掌ほどの小さな輪郭。
形は子どものようで、けれど透きとおっている。
「……あなた、誰?」
影は、私の言葉に反応したように、
ふわりと浮き上がった。
まるで風に押されるように、店の扉の方へと動く。
「……ついてきて、ってこと?」
私は箒を置いて、その後を追った。
◇ ◇ ◇
カフェの扉を開けると、
誰もいないはずの店の中でランプが灯っていた。
光る影――その子は、カウンターの上にちょこんと座る。
まるで、待っていたみたいに。
私はカップを置き、
あたたかいミルクを少し注いでみた。
「……飲む?」
影はおずおずとカップの縁に触れ、
指先が光った。
ミルクの表面がふわりと輝き、
店内がやさしい光で満たされる。
◇ ◇ ◇
「詩人殿……夜中に開店とは、勇敢だな」
ポエールの声。
鎧の音を立てて入ってくる。
スライムのグラスも眠そうに“ぷにぃ”と鳴いた。
「その子、どうした?」
「さっき外で見つけたの。……光る影、って言えばいいのかな」
「子ども、か?」
「たぶん。でも……言葉を話さないの」
ポエールは眉をひそめ、
鎧の下から何かを取り出した。
古い木の笛だった。
「言葉がなくても、音で通じるかもしれん」
◇ ◇ ◇
彼が笛を吹くと、
音は空気の中で光に変わった。
影の子が、それに呼応して淡く震える。
店のランプが音に合わせてまたたく。
「……まるで歌ってるみたい」
「詩の言葉を覚えた子かもしれんな」
ポエールの言葉に、私ははっとした。
影の子――もしかして、
“消えかけた星の欠片”なのではないか。
◇ ◇ ◇
そのとき、
オグリが扉の前に立っていた。
「街の南で、星がひとつ消えたそうだ」
「やっぱり……」
マーリンもあとから入ってきた。
杖の先が光り、影の子をそっと照らす。
光と影が混ざり合い、
まるでその子が“星の歌”を歌っているように見えた。
◇ ◇ ◇
私はノートを開き、
静かにペンを走らせた。
“影は光のこども。
言葉を知らず、
それでも歌を覚えている。”
書いた瞬間、
影の子が微笑んだように見えた。
胸の奥が温かくなる。
「……ありがとう」
その言葉が届いたのかどうかは分からない。
けれど、影の子はふわりと浮かび上がり、
ランプの炎の中に溶けていった。
◇ ◇ ◇
あとには、小さな光の粒がひとつ残っていた。
まるで“星の種”のように。
私はそれを空いたカップに入れて、
カウンターの隅に置いた。
ゆらゆらと光が揺れる。
まるで、心臓の鼓動みたいに。
“灯りは記憶。
影が笑うたび、
世界はまた、あたたかくなる。”
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第47話「詩人と星の種」
「翌朝、カップの中で光が芽吹いていた。
それは小さな“星の種”。
詩人マリエルは、世界に再び夜空を取り戻す旅に出る――。」




