第45話 詩人と光を忘れた街
夜の街が、やけに暗かった。
灯りが少ないわけではない。
ランプも、窓明かりも、街灯もいつものように灯っている。
けれど、その光が“温度”を持っていない。
まるで世界全体が、
自分の光を忘れてしまったみたいだった。
◇ ◇ ◇
カフェ<カオスフレーム>の店内も、どこか薄暗い。
ランプの炎は揺れているのに、影が動かない。
私はカウンターで、ぼんやりと焙煎した豆を眺めていた。
「……不思議ね。
光って、こんなに静かなものだったっけ」
昨日までは、虹の残り香が確かにあった。
けれど今は、光そのものが“息をひそめている”。
◇ ◇ ◇
扉が開く。
鈴は鳴ったが、音が遠い。
「詩人殿……」
ポエールがゆっくりと入ってきた。
いつもの元気がない。鎧の金属も鈍く光っている。
スライムのグラスも“ぷに”と小さく鳴くだけだ。
「街の灯が、少しずつ消えていくんだ」
「停電……ではないですよね」
「違う。火はある。けれど光らない」
彼の言葉は、まるで詩のように重く落ちた。
◇ ◇ ◇
奥の席では、オグリが新聞を閉じていた。
「街の人々の目にも、光が映らない。
どうやら“光の詩”そのものが断たれたらしい」
「光の詩……前にマーリンさんが言ってましたね」
「詩が切れると、世界は自分を照らせなくなる」
彼はそう言って、
灰色の瞳でランプの炎を見つめた。
炎は確かに燃えている。けれど、影が生まれない。
◇ ◇ ◇
マーリンが入ってくる。
ローブの裾が濡れていた。
「原因が分かったわ」
「なんですか?」
「“詩人の影”が消えかけてる」
「影が?」
「ええ。光は影があることで存在を保てる。
でも、詩人――つまりあなたの影が、
今、世界から少しずつ離れていってる」
私は息をのんだ。
影が、わたしから離れている?
◇ ◇ ◇
マーリンが指先で杖を軽く振る。
床に淡い光が浮かび上がる。
それは、私の影の形をしていた。
けれど、輪郭がゆらゆらとほどけていく。
「……私の、影」
「詩を紡ぎすぎたのよ」
「紡ぎすぎた?」
「言葉に光を与えすぎると、
その光が影を食べてしまうの。
あんたの詩はもう、光になりすぎた」
◇ ◇ ◇
ポエールが拳を握る。
「どうすれば取り戻せる?」
「影を思い出すことよ」
マーリンの声はやわらかいが、どこか遠く響いた。
私はノートを開き、震える手で書いた。
“光は私を照らすけれど、
影は私を映す。
消えるのは、どちらが先か。”
ペンを置くと、
カップの中の水面に、もう一人の私が映った。
◇ ◇ ◇
「あなた、だれ?」
鏡のような水面の中で、私が問う。
そこに映る“もう一人の私”が、微笑んだ。
「影のほうの、マリエル」
「……そんな、ばかな」
「ばかじゃないわ。
詩人が光を得るたびに、影は深く沈む。
あなたは、あたしを忘れすぎたの」
「私は、あなたでしょ」
「そう。だから、思い出して。
光を生かすには、闇も必要なのよ」
◇ ◇ ◇
影のマリエルは微笑むと、
水面の中にそっと指を伸ばした。
冷たい感触が胸の奥に伝わる。
次の瞬間、影が私の体に溶けた。
ランプの炎がふっと強くなった。
壁に、影が戻っていた。
「……帰ってきた」
マーリンが小さく頷く。
「世界が、自分を照らし始めたわ」
◇ ◇ ◇
外の街に出ると、灯が戻っていた。
看板の光、窓の灯、ランプの揺らぎ。
それぞれがちゃんと“影”を連れていた。
私はノートを開く。
そこに、今日の詩を記す。
“光は祈り、影は記憶。
そのあいだに人が立つとき、
世界はやっと自分を見つめる。”
◇ ◇ ◇
グラスが“ぷにぃ”と鳴く。
ポエールが笑う。
「影を取り戻した詩人殿に、祝杯を!」
「ブレンドでいいですか?」
「もちろんだ!」
オグリが低く笑い、マーリンが微笑む。
その笑い声に、今度はちゃんと影がついていた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第46話「詩人と灯りのうた」
「街の灯りを取り戻した翌晩、マリエルは見知らぬ子どもの影を拾う。
それは“消えかけた星の欠片”のように、かすかに光っていた。」




