第40話 詩人とさざめく昼下がり
昼下がり。
窓の外では、光がゆるやかに揺れていた。
朝の交響曲の余韻がまだ残る店内には、
どこか「音が沈殿している」ような静けさがあった。
私はカウンターで新しいブレンドを試していた。
朝の香りより少し深く、それでいて柔らかい。
昼の風を閉じ込めるような一杯。
「……ふむ、あと一匙だけ酸味が欲しいわね」
◇ ◇ ◇
「詩人殿、昼の勇敢な一杯を!」
「ポエールさん、それさっきの朝にも聞いたセリフですよ」
「いや、昼は昼で勇敢なのだ!」
スライムの上に乗ったまま、ポエールが誇らしげに胸を張る。
スライムが“ぷにぃ”と一緒に得意げに鳴いた。
「ほら、グラスもやる気満々!」
「グラスって名前、完全に定着してますね……」
「名は力! そして可愛い!」
「否定はしませんけどね」
◇ ◇ ◇
そこへ、オグリがいつものように新聞を抱えて入ってくる。
今日は珍しく、少し笑っているようだった。
「詩人、今日の見出しはいいぞ。“詩的カフェ、街に浸透”だ」
「え、そんな記事が?」
「見ろ」
新聞には小さく記事が載っていた。
——『昼も夜も詩が香る、不思議なカフェ<カオスフレーム>』
記者はこう締めくくっていた。
“この店では、コーヒーが言葉になり、言葉が香りになる。
それを静かに味わう時間こそ、詩そのものだ。”
「……なんだか、褒められてますね」
「ふむ、勇敢な記事だ」
「勇敢の意味、やっぱり違いません?」
◇ ◇ ◇
扉が開き、マーリンが現れる。
ローブの袖をまくり、腕には例のダンベル杖。
「聞いたわよ、新聞の記事! すごいじゃない!」
「そんな大げさな……」
「大げさよ! でもいい意味で!」
マーリンは自分のカップを掲げて言った。
「この店はね、魔力の流れが心地いいの。
詩も、音も、香りも、全部が調和してる。
こういう場所、異世界でも珍しいわ」
「……そう言われると、ちょっと嬉しいです」
「詩人、照れてるな」
「照れてません!」
でも、頬が少し熱い。
◇ ◇ ◇
カウンターの向こうで光が反射して、
豆の瓶のラベルがきらりと輝いた。
その瞬間、店内がふっと静まり返る。
ポエールが口を開いた。
「詩人殿。この店、いつまで続くと思う?」
「え?」
「詩も香りも、いつか消える。
それでも、我はここが永遠に続く気がしてならんのだ」
不意に、胸がきゅっと締めつけられた。
たぶん、それは皆が思っていること。
けれど、それを言葉にするのは少し怖い。
「……そうですね。
香りが消えても、ここにいた人の記憶には残ります。
それなら、“続く”って言えると思います」
ポエールはうんうんと頷き、
スライムが“ぷに”と小さく相槌を打った。
◇ ◇ ◇
午後の光が、ゆっくりと傾いていく。
外の街では人々が行き交い、
風が看板をゆらす音がした。
私は帳面を開き、今日の一行を書く。
“昼の光は、言葉の休符。
音も香りも、
すべてがやさしく呼吸している。”
書き終えると、ちょうどいいタイミングでドアベルが鳴った。
「詩人殿、午後の勇敢な——」
「それ三回目です!」
笑い声が、店いっぱいに広がった。
昼下がりのカフェは、さざめきと共に香っていた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第41話「詩人と影の午後」
「穏やかな昼が終わるころ、見知らぬ影がカフェを覗く。
“ここに詩人がいると聞いた”——その声には、懐かしい響きがあった。」




