第39話 詩人と朝の交響曲
朝。
カフェ<カオスフレーム>の扉を開けると、
外はまだ霧に包まれていた。
けれど、どこからともなく音が聞こえる。
カラン、コロン、カラン。
まるで誰かがカップを鳴らしているような、不思議なリズム。
「……え?」
カウンターに入ると、そこには――
「おはよう、詩人殿!」
「……何ですかこの楽団」
◇ ◇ ◇
ポエールが鎧の肩にカップを並べ、
スライムがそれをリズムよく叩いている。
カラン、ぷに、カラン、ぷに。
妙に小気味よい音だ。
その横では、オグリが新聞を丸めてトランペットのように吹いていた。
「ブフォッ……失敗だ」
「そりゃそうでしょう!」
そして、マーリンがローブの袖をたくし上げ、
巨大な魔法杖(=ダンベル)をタクト代わりに振っている。
「いい? リズムは“ミルクの注ぎ”テンポで!」
「それ、どんなテンポですか!?」
◇ ◇ ◇
「詩人殿!」
「はいはい、なんですか」
「本日、我ら“カフェ交響隊”の初演である!」
「いつ結成されたんですか」
「昨晩、夢の中で!」
「えぇ……」
スライムがぷにっと跳ねる。
「ぷにっ(つまりノリで)」
「ノリで結成!?」
◇ ◇ ◇
どうやら今朝は、ポエールの夢の中で“星を煮る音楽”を聴いたらしい。
それに感化されて、
「カフェの朝に音楽を」という謎の使命感が生まれたのだという。
「ほら、朝の一杯に曲があった方が、気分が立つだろう?」
「まあ……確かに、少し分かりますけど」
「詩人殿も詩で参加せよ!」
「いや、私は仕事中……」
「詩も仕事のうちだ!」
「ぐぬぬ……!」
◇ ◇ ◇
カウンターの奥で湯を沸かす音が始まる。
ポットの細い注ぎ口から落ちる水音が、まるでメトロノームみたいに響く。
私はため息をつきながらも、
ゆっくりと声を合わせるように詩を口にした。
“音は香り、香りは心。
朝のひと口は、
世界の始まり。”
詩を唱えた瞬間、
カラン、とカップが共鳴した。
スライムが跳ね、オグリの新聞トランペットが低く唸る。
そして、マーリンの杖が光った。
音と光と香りが混ざり、
カフェの中がまるでひとつの楽器になったようだった。
◇ ◇ ◇
光がやむと、みんな静かになった。
カップの中には、いつもより少し明るいブレンドの香りが残っている。
私はそっと口をつけた。
「……不思議。味が軽やかになってる」
「詩のハーモニーだな」
「混沌の産物だよ」
「……言い方!」
けれど、確かにその香りは、朝の始まりにふさわしかった。
◇ ◇ ◇
店の外では、霧が晴れ始めていた。
窓の外に小鳥が止まり、朝日がカップを照らす。
私は帳面を開き、今日の一行を書く。
“音のない朝は、
まだ世界になりきれていない。
一杯の香りが、それを目覚めさせる。”
書き終えたとき、
スライムが“ぷにっ”と一拍遅れて鳴いた。
「……うん、それもいいリズムね」
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第40話「詩人とさざめく昼下がり」
「昼の陽気に包まれるカフェ。常連たちがそれぞれの“音”を持ち寄って、
午後のブレンドは——まるで小さな祝祭のように香る。」




