第3話 筋肉と可愛いは両立するか?
カフェ<カオスフレーム>は、まだ新しい木の香りが残る。
私は朝からカウンターを拭き、椅子を整え、エスプレッソの抽出を練習していた。
昨日までにすでに二人の常連が現れた。
馬の顔を持つ紳士オグリ・ジュン。そして、スライムに乗った騎士ポエール。
どちらも強烈すぎる印象を残していった。
「次は、どんなお客さんが来るんだろう」
私のつぶやきは、すぐに答えを得た。
◇ ◇ ◇
——カラン。
扉が開き、店内に新しい風が吹き込む。
そこに立っていたのは、栗色のツインテールを揺らす少女だった。
……いや、少女のように見えたのは髪型と顔立ちだけだ。
ローブはぱつんぱつんで今にもはち切れそう、袖の下から覗く腕はしっかりした筋肉で血管が浮き、肩に担いでいるのは杖というより鉄のダンベルだった。
「ここがカフェ? わぁ〜! 可愛い!」
声は明るく、表情もきらきらしている。だが、その身体から発せられる威圧感は完全に重量級だ。
「ご注文は?」
「パフェ! それから……ハニー・ティー! 甘くて可愛いの!」
彼女は満面の笑みで告げる。
……と、その前に。私は気になって尋ねた。
「お名前をお伺いしても?」
「まだ言ってなかったね! 私はマーリン! 魔法使いで、可愛いの研究者だよ!」
彼女は自信たっぷりに名乗り、杖を軽く振って見せた。
魔法使いが「可愛いの研究者」を名乗る日が来るとは思わなかった。
◇ ◇ ◇
窓際の席から、新聞をたたんだオグリが低音で言った。
「君が詩人か」
その声は、馬の顔から発せられているとは思えないほど落ち着いていた。
私はぎょっとしてオグリを見た。
「それ、私に言ってるんですか?」
「そうだ。カウンターの上に、詩を一行置いているだろう」
彼の馬の目は真剣だった。
——確かに、昨日私は帳面に「嵐も詩になる」と書いた。それを見抜かれた気がして、心臓が跳ねる。
「詩人っていうより、愚痴を詩っぽく書いてるだけですよ」
「愚痴も詩だ」
馬の鼻先がひくりと動き、低音が店内に落ちる。
◇ ◇ ◇
ポエールはスライムに腰かけながら、鎧をがしゃんと揺らした。
「マリエル殿! 勇敢な詩をひとつ!」
「詩は注文で出てくるものじゃないですよ!」
「ならば、勇敢な砂糖水を!」
スライムが「ぷにっ」と跳ね、砂糖水のボウルを催促する。私はため息をつきながら準備した。
◇ ◇ ◇
やがて三人が揃った。
馬の頭を持つ紳士オグリ。
鎧に包まれた騎士ポエールと、床を濡らすスライム。
そして筋肉魔法少女マーリン。
店内の空気が急に重くなる。
いや、重くなったのはたぶんマーリンのローブがぱつんと張った音のせいだ。
それでも三人+一匹がテーブルにつくと、カフェはまるで舞台になった。
◇ ◇ ◇
私は帳面を開いて、一行書き加える。
——三人目の常連は、筋肉で「可愛い」を語る魔法使い。
そして心の中でつぶやいた。
筋肉と可愛いは両立するのか?
答えはまだ出ないけれど、少なくとも今日のカフェは騒がしい。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第4話「三時の合奏」
「三人と一匹が同時に揃いました。鎧が鳴り、スライムが弾み、馬がイケボを響かせ、筋肉が椅子を軋ませる。……カフェはついに“合奏”を始めます」