第25話 馬と詩とモーニングブレンド
朝。
カフェ<カオスフレーム>の窓を、やわらかな陽光が照らしている。
昨夜の夢の余韻を残したまま、私は早めに店を開けた。
湯を沸かし、豆を挽く。
静かな音が、まだ眠る街に溶けていく。
朝の香りは、夜よりも少し希望の味がする。
そこへ、扉のベルが小さく鳴った。
「……早いですね、オグリさん」
馬面の紳士・オグリ・ジュン。
いつもより淡い光の中で、その長い顔が少しだけ優しく見えた。
「朝の混沌は静かだ」
「それ、すでに矛盾してます」
「静寂もまた、混沌の一部だ」
「朝から難解です……」
◇ ◇ ◇
「ブレンドを」
「かしこまりました。今日のは少し軽めですよ」
「軽やかな混沌……悪くない」
カップに注ぐ音が響く。
立ち上る湯気の向こうで、オグリがゆっくりと新聞を広げた。
けれど、今日は少し違う。
彼の手元にあるのは新聞ではなく——ノートだった。
「それは……?」
「詩だ」
「えっ」
「昨日の夢で、書きたくなった」
オグリが低音で読み上げる。
朝は蹄を洗い、
光は香る。
詩人の手に、
世界が注がれる。
……朝の静けさに、その声が溶けた。
思わず私の胸にも、温かいものが広がる。
「……すごく、いい詩ですね」
「混沌にインスピレーションをもらった」
「それ、たぶん褒め言葉じゃないですよ」
◇ ◇ ◇
しばらくの間、店の中にはただカップの音だけが響いていた。
そして、ぽつりとオグリが言った。
「詩人さん」
「はい?」
「君の詩には……香りがある」
「え?」
「昨日の夜の夢も、たぶん焙煎の匂いがしたはずだ」
私は一瞬、何も言えなかった。
でも次の瞬間、笑ってしまった。
「詩の感想が“匂い”なの、あなたぐらいですよ」
「混沌は五感すべてで味わうものだ」
「それも……詩ですね」
◇ ◇ ◇
朝の光が差し込むカウンターで、
私はオグリと並んでコーヒーを啜った。
言葉も音もないのに、不思議と“会話”があった。
勇敢でも、可愛くもない時間。
ただ、静かな混沌。
それが、少しだけ心地よかった。
◇ ◇ ◇
閉店後、帳面に書く。
——朝の混沌は、静かで香る。
——詩は、湯気のように立ちのぼる。
ペン先から滲むインクが、今日の光を映していた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第26話「スライムの休日、ぷにぷに日和」
「今日はスライムがおやすみ。……のはずが、どこからか“ぷにぃ”の声が聞こえるんですけど!?」




