第21話 詩人、ラテアートに挑む
三時のカフェ<カオスフレーム>。
豆を挽く音が、まるで心拍のようにリズムを刻んでいる。
今日は静かだ。
常連の姿もまだない。
だからこそ、私は少しだけ“詩的な実験”をしてみようと思った。
「詩を……泡で描く」
詩は言葉で綴るもの。
でも、言葉にならない想いもきっとある。
——だったら、それをラテの表面に残せばいい。
◇ ◇ ◇
スチームノズルが小さく鳴き、ミルクを滑らかに攪拌する。
ピッチャーを傾け、薄茶の海へと白い流線を落とす。
リーフ、ハート、花びら。
泡の形が一瞬だけ浮かび、すぐに沈む。
「……詩って、難しい」
私は思わずつぶやいた。
文字でさえ消えるのに、泡で残すなんて無謀だ。
けれど、不思議と楽しい。
それが“詩人の性”というやつなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「詩人殿、なにをしておる!」
突然、がしゃん。
鎧を鳴らしてポエールが登場する。
「ラテアートです。ちょっと詩的なやつを」
「勇敢なる芸術!」
「いや、勇敢でもなんでも——」
ぱつん。
「私もやる!」
マーリンがローブを揺らして入ってきた。
「可愛いラテ作るの! ファイヤァァァアート!」
「やめてください! 火を出すなって何度言えば!」
さらに低音。
「……泡の戦場か」
「違いますオグリさん!」
結局、いつもの常連が全員集合した。
静かな午後は、あっという間に泡立つ混沌へ。
◇ ◇ ◇
それぞれの“芸術”が始まった。
オグリは静かにピッチャーを傾け、蹄跡のような渦を描く。
ポエールは泡立て器を剣のように振り、盾の紋章を刻もうとする。
マーリンは全力でハートを描こうとして、途中で泡を焦がす。
「……焦げたハートって新しいですね」
「可愛いは燃えてこそ輝くの!」
「詩人殿! この泡、盾の形に見えるか!?」
「泡です!」
「蹄の余韻、悪くない」
「オグリさん、それは褒めていいんですか?」
店内はもう、香ばしい香りと笑い声の渦だった。
◇ ◇ ◇
私はカップを見つめ、そっと一筆を描くように泡を流す。
そこに浮かんだ、拙い三行の詩。
今日もまた、
混沌はあたたかい。
詩は泡に溶けていく。
完璧じゃない。
でも、どこか優しい。
この店に流れる空気と同じだった。
◇ ◇ ◇
閉店後、帳面に記す。
——ラテの上に描いた詩は、すぐに消えた。
——けれど、混沌の香りだけは残った。
ページを閉じると、まだどこかからミルクの甘い匂いが漂っていた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第22話「カオスフレームの新装開店」
「まさかの改装工事! 新しいカウンターに、さらに深まる混沌の香り。……誰が設計したんですか?」




