第20話 カフェに来た吟遊詩人
三時。
いつものようにブレンドを淹れ、椅子を整え、帳面を脇に置く。
今日も混沌がやってくる……はずだった。
だがその前に、扉の向こうから新しい声がした。
「おお……なんと詩的な香り!」
見知らぬ青年が立っていた。
肩にリュートを背負い、外套をひるがえすその姿。
——吟遊詩人、である。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ。ようこそカフェ<カオスフレーム>へ」
「ありがとう、美しき詩の乙女よ」
「……はい?」
「風が囁いたのだ。“詩人がもう一人いる”と」
私は言葉に詰まった。
この世界に詩人なんて、ほぼ絶滅種だと思っていたのに。
「わたしはリュシアン。旅する吟遊詩人だ」
「マリエルです。転生詩人兼カフェ店員です」
「転生……? なんと劇的な設定!」
「設定言わないでください」
◇ ◇ ◇
そこへ、がしゃん。
「詩人対決か!?」
ポエール登場。
「違います!」
続いて、ぱつん。
「詩の筋トレ!?」
「違いますから!」
最後に、低音。
「混沌が二倍になる」
「オグリさん、それ正解です」
常連三名+一匹が勢ぞろいするころには、店内の空気が完全にお祭りモードになっていた。
◇ ◇ ◇
「ならば、詩をひとつ交わそうではないか」
リュシアンがリュートを構え、軽やかに弦を鳴らす。
風は歌い、
杯は笑う。
この店の心臓は、
きっと詩人の鼓動。
……上手い。
詩としては、少し眩しすぎるくらいだ。
「いい詩ですね」
「君も返してくれ」
促され、私はペンを取った。
風が止み、
杯が静まる。
そこに残るのは、
混沌の香り。
リュシアンが目を見開き、ぽつりと言う。
「……深い」
そして次の瞬間、マーリンが叫ぶ。
「可愛い!」
「いや可愛くないです!」
◇ ◇ ◇
がしゃん、ぷにぃ、ぱつん。
リュートの音と混ざり合い、店内は詩と騒音のカーニバルになった。
「この店……すごい」
リュシアンは呆然と笑った。
「詩が、こんなにも……詩的だとは……!」
「ようこそ、カオスフレームへ」
私は微笑んだ。
◇ ◇ ◇
閉店後、帳面に書く。
——吟遊詩人、来訪。
——詩が二つあれば、混沌は倍に膨らむ。
ページを閉じながら、思う。
この世界の詩は、たぶん音楽でも文学でもなく——日常そのものだ。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第21話「詩人、ラテアートに挑む」
「詩は言葉だけじゃない。泡でも描ける? ……はい、無理でした。けどたぶん混沌は成功です」




