第2話 騎士とスライムの来訪
昼下がりの三時。
カフェ<カオスフレーム>は、窓の外を流れる雲の速度と同じくらい、のんびりとした時間を抱えていた。
私はカウンターの中で豆を挽きながら、さっきの出来事を思い返す。
馬の顔をした紳士——オグリ・ジュン。
頭は完全に馬なのに、体は人間で、低く響くイケボ。窓際で新聞を広げている姿は、どう見ても知的な常連客……なのに、見ている新聞が競馬欄というところで、どうにも私の脳が混乱する。
馬が馬を見て何を思うのか。私は今日も答えを知らない。
◇ ◇ ◇
そんな時、扉の鈴が大きく揺れた。
がしゃん、ぴとん。がしゃん、ぴとん。
「そこの娘! 勇敢な飲み物を頼む! そして、この忠実なる愛馬——いや、愛スライムにも砂糖水を!」
入ってきたのは、全身を鎧で包んだ騎士だった。
肩から腰までぎっしり鉄板で覆われているのに、なぜか軽やかに跳ねている。……理由はすぐ分かった。彼はスライムの上に乗っていたのだ。
透明なスライムが床をばいんばいんと跳ねるたびに、鎧ががしゃんと揺れる。
床にはスライムの水滴が残り、光を反射して滑りそうだ。私は思わずモップに手を伸ばした。
「承知しました。……でも床は拭かせてもらいますね」
私はモップを構え、滴を拭き取りながらカウンター越しに聞いた。
「お名前をお伺いしても?」
「我が名はポエール! 勇敢なる騎士にして、スライムの友!」
彼の背後で、スライムが「ぷにっ」と誇らしげに震えた。
◇ ◇ ◇
その様子を窓際から眺めていたオグリが、低音でつぶやいた。
「……勇敢さの定義が混沌としているな」
馬の鼻先がぴくりと動き、新聞の上に影を落とす。
「でも勇敢は勇敢です」
私は苦笑しながら答える。
「むしろ、君の方が勇敢だ」
オグリはストローを口に挟み、湯気を逃さぬよう静かにブレンドを啜った。
馬の口吻が器用にストローを操る姿は、不思議とエレガントだった。
◇ ◇ ◇
カウンターの中では、私は勇敢な飲み物=ブレンドを淹れ始めた。
ポットから細く湯を落とし、粉床を膨らませる。ぽた、ぽたと滴が落ちるたび、鎧のがしゃんとスライムのぷにぷにが合奏する。
勇敢な旋律。いや、騒音のほうが近いかもしれない。
私は帳面に小さく書き込んだ。
——今日二人目の常連は、スライムに乗った騎士。勇敢と水滴を連れてきた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第3話「筋肉と可愛いは両立するか?」
「栗色のツインテールの魔法使いが現れました。ローブぱつん、杖はダンベル。注文はパフェ。……この街の“可愛い”の定義はどんどん混沌としていきます」