第19話 魔法少女の休日、筋肉は眠らない
休日の朝。
カフェ<カオスフレーム>のシャッターはまだ閉まっている。
けれど、店の中からは「どん!」「ぱつん!」「ふんっ!」という聞き慣れない音がしていた。
まさかとは思った。
けれど、その予感はだいたい当たる。
「——筋肉は眠らないっ!」
開店前のカフェで、ローブぱつんの魔法少女マーリンが腕立て伏せをしていた。
ダンベル(という名の杖)はすでに両手に握られている。
◇ ◇ ◇
「……あの、マーリン様」
「おはようマリエル! 詩的な朝だね!」
「ええ、少なくとも音は詩的ではありません」
「ふふん、詩と筋肉は同じだよ」
「どのへんがですか」
「積み上げると美しくなる!」
マーリンは笑顔で言い放ち、腕をもう一段階深く曲げた。
床板がミシッと鳴り、コーヒー豆の袋が揺れる。
「筋肉は裏切らない! でも床は悲鳴を上げる!」
「後半だけ真実味がすごいです」
◇ ◇ ◇
「今日はね、筋肉に休暇を与える日!」
「……つまりトレーニング日和ということですね」
「そう! 筋肉も詩も、止まると死ぬんだよ!」
「わたしは詩が死ぬ前に心が折れそうです」
マーリンは杖を高く掲げ、詠唱を始めた。
「ファイヤァァァァァボォォォ——ル!」
……が、拳は天井にぶつかる前に止められた。
「待ってください! 火を出すのはやめてください! 今日は休業日です!」
「えっ、火を出さなきゃ始まらないじゃん!」
「始めないでください!」
◇ ◇ ◇
オグリが偶然通りかかり、窓越しに中を見てつぶやく。
「……混沌の朝練だな」
通り過ぎながら、いつもの低音で詩のように言った。
マーリンはそれを聞いて目を輝かせる。
「詩人さん! 私、閃いた!」
「何をですか?」
「カフェ・トレーニングメニュー!」
「……嫌な予感しかしません」
「“可愛い筋肉ラテ”とか、“プロテインパフェ”とか!」
「そのうち本当に客層が冒険者ギルドになりますよ!?」
◇ ◇ ◇
やがて昼。
マーリンは満足げに汗を拭い、いつもの席に座る。
「筋肉、今日も詩的だった……」
「床も、今日も限界でした……」
私はモップを手に、ため息混じりにそう返す。
けれど、そんな一日も悪くない。
混沌の中で笑えること、それこそがこの店の“日常”なのだから。
◇ ◇ ◇
閉店後、帳面に一行。
——筋肉は眠らない。
——詩もまた、混沌の中で鍛えられる。
インクを乾かしながら、私はそっと呟いた。
「……次の休日こそ、静かに過ごしたい」
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第20話「カフェに来た吟遊詩人」
「詩人が二人? 詩が増えると混沌も倍増する。……まさかの“ポエム対決”開幕?」




