第16話 新メニュー試作日和
三時。
カフェ<カオスフレーム>の看板を裏返し、「準備中」にした。
今日は営業をお休みして、久々に“真面目な仕事”をするつもりだった。
「——新メニュー、試作日。」
目標:夏季限定ドリンクの開発。
テーマは“爽やかで詩的”。
……だが、詩的とは往々にして、混沌と紙一重である。
◇ ◇ ◇
私は厨房に立ち、ハーブと果実を並べていた。
ミント、レモン、ベリー。
絞り器の音が、詩のリズムみたいに響く。
「お、なんだ今日は珍しいな」
扉の向こうから、いつもの低音。
「準備中って見えませんでした?」
「見えた。だが、混沌は看板を読まない」
オグリ・ジュンが新聞を片手に入ってきた。
「勇敢なる試作と聞いて!」
続いて、鎧を鳴らしてポエール登場。
スライムがぷるん、と床に着地する。
そして最後に、ローブぱつん。
「新作!? 可愛いメニュー!?」
マーリンが目を輝かせて現れた。
「……あの、今日は休業なんですけど」
「味見係だよ!」
「監視役だ!」
「応援の筋トレだね!」
——ダメだ、これはもう通常営業だ。
◇ ◇ ◇
「詩人さん、何を作ってるんだ?」
「“風のジュレティー”です。ミントと紅茶の層を冷やし固めて——」
「ジュレ……つまりゼリーだな」
オグリがカップを覗き込む。
「砂糖を入れろ! 勇敢な甘さを!」
「違う、もっと透明感を!」
「いや、可愛い色を足そう!」
三人が口々に言う。
「ちょ、ちょっと、順番に——!」
だがスライムが「ぷるん」と身を乗り出した瞬間、
——ドボン。
ジュレベースのボウルにダイブ。
果実とハーブとミントが泡立ち、台所がまるで化学実験のように輝いた。
◇ ◇ ◇
「……完成、ですか?」
私は呆然と立ち尽くす。
カップにすくったそれは、虹色に揺れる不思議な液体だった。
味見すると、ミントの清涼感と果実の甘みが絶妙で、なぜかほんのりスライムのぬめりが。
「おおっ! 勇敢な舌触り!」
「可愛い色合い!」
「混沌の味だね!」
三人が口を揃えて叫ぶ。
私は小さく笑いながら帳面に書き留めた。
——新メニュー『スライム・ジュレティー』。
——夏季限定、混沌風味。
◇ ◇ ◇
閉店後、カウンターに並ぶカップを見つめながらつぶやく。
「……詩的も混沌も、たぶん紙一重」
その言葉に、まだ泡立つカップがぷにぃと返事をした。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第17話「馬面紳士の休日」
「休日のオグリさんは、新聞の代わりに何を読むのでしょう? ……まさか、詩集?」