第15話 詩人の帳面、混沌の記録
夜。
カフェ<カオスフレーム>に残るのは、焙煎の香りと、洗い終えたカップの光だけ。
私は帳面を開き、ペン先を走らせる。
——今日も混沌、無事に営業。
◇ ◇ ◇
昼の光景が浮かぶ。
新聞を広げる馬面の紳士・オグリ。
スライムと一体化しかけながらブレンドを頼む騎士・ポエール。
パフェを掲げて「可愛い正義」を叫ぶ筋肉魔法少女・マーリン。
——勇敢な砂糖水。
——可愛いブレンド。
——焦げかけたパフェ。
そして、全部の後始末をする私と雑巾。
帳面に書き連ねていくうち、愚痴を書くつもりが、いつのまにか詩になっていく。
混沌の中には、いつだって笑いがある。
それを記録することは、もしかしたら、私に与えられた唯一の“チート”なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「詩人さん、今日も書いてるの?」
扉の向こうから声がした。
振り向くと、まだ帰っていなかったマーリンが顔を出していた。
「ちょっとだけ……“詩の筋トレ”」
「いいね! 私もやっていい!?」
「え、詩のですか? それとも筋トレの?」
「両方!」
「両方はダメです!」
彼女はローブをぱつんと鳴らしながら、机に頬をのせる。
「詩ってさ、魔法よりすごいよね。言葉で人を動かせるんだもん」
その言葉に、私は一瞬だけペンを止めた。
「……そうですね。動かす方向は大体、笑いかため息ですけど」
「それも立派な筋力だよ!」
マーリンが笑って立ち去る。
その背中を見送りながら、私はまたペンを走らせた。
◇ ◇ ◇
——詩人は、日常を混沌のままに描く。
——愚痴も笑いも、コーヒーの香りで包んで。
ページを閉じ、灯りを落とす。
今日もまた、私の詩人カフェは静かに眠りにつく。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第16話「新メニュー試作日和」
「今日は真面目にメニュー開発……の予定でした。どうしてスライムが味見係になってるんですか?」