第12話 詩人のため息、椅子の悲鳴
三時のカフェ<カオスフレーム>は今日も賑やかだ。
ブレンドを啜るオグリ。
鎧をがしゃがしゃ響かせるポエール。
パフェを掲げる筋肉魔法少女マーリン。
そして床を跳ねては水滴を散らすスライム。
……その下で、今日も椅子が泣いている。
◇ ◇ ◇
「ミシィ……ッ」
オグリが体重をずらすたび、木製の椅子がきしむ。
「……この音は混沌か?」
「違います。ただの悲鳴です」
「ギシッ、ギシィ」
ポエールが鎧を鳴らして座るたび、椅子の足が小さく浮く。
「勇敢な椅子だ! 負荷に耐えてなお折れぬ!」
「いや、折れそうなんですって!」
「ミシィシシシ」
マーリンがローブぱつんと広げ、杖を机に置いた瞬間、椅子が本気で悲鳴を上げた。
「可愛い! 椅子まで可愛い音を出してる!」
「違います! 悲鳴です! 限界です!」
「だいじょうぶ、可愛いは重さを超えるから!」
「……超えられてません!」
◇ ◇ ◇
私はため息をつきながら、帳面に「椅子の買い替え見積り」と書き込む。
詩人としては、本来ここに短い詩を書くべきなのに。
だけど出てくるのは実務的な言葉ばかりだ。
「ため息は混沌を鎮める」
オグリが低音で言う。
「勇敢なる呼吸だ!」
ポエールが鎧を鳴らして同意する。
「ため息してる顔が可愛い!」
マーリンがローブを揺らして頷く。
私のため息ひとつが、なぜか三人三様に解釈されていく。
……これ以上、椅子にまで解釈を背負わせたら、本当に折れてしまう。
◇ ◇ ◇
閉店後、椅子を一脚ひっくり返して足を確認する。
削れた木材、緩んだ金具。
私は一行だけ詩を書き残した。
——椅子の悲鳴は、日常の伴奏。
——詩人のため息は、その合いの手。
インクを乾かす間、私は次こそは丈夫な椅子を買うと固く誓った。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第13話「馬と騎士と魔法少女、そして雑巾」
「勇敢も可愛いも混沌も、最後に受け止めるのは雑巾です。……詩人の私が一番頼りにしている相棒かもしれません」