エピローグ―詩人と風へ返す言葉
朝のカフェ<カオスフレーム>は、
まるで物語の区切りを感じ取ったように静かだった。
100話分の風が通り抜けていった余韻――
そんな気配が、あちらこちらに残っている。
私はカウンターを磨きながら思う。
今日は、風にひとつだけ言葉を返す日だ。
◇ ◇ ◇
扉の鈴が軽く鳴く。
水色のワンピースの少女が入ってきた。
胸には例のノート。
四つの言葉が眠るページを大切に抱えている。
少女は席につくと、
ゆっくりとノートを開いた。
ここにいる
ありがとう
ごめんね
さよなら
その下に、
少女が小さく書き足した文字が一つあった。
またね
私は、胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
少女は照れたように笑う。
言葉を返したかったんです。
風に、そして……届けたかった相手にも。
◇ ◇ ◇
オグリが新聞を畳み、
ストローをくわえたままうなる。
またね、か……
さよならより、ずっと風らしいな。
ポエールが鎧を軽く鳴らして言う。
別れの次にある言葉こそ、
旅人に必要なものだ。
マーリンが腕を組み、
小さく笑む。
いいじゃない。
未来につながる挨拶よ。
少女はその三人の言葉を聞きながら、
静かにノートを閉じた。
◇ ◇ ◇
私は少女に尋ねる。
あの四つの言葉……
結局、誰のものだと思いますか。
少女はしばらく考え、
そして言った。
分からないままでいい気がします。
でも……
風が届けたかった相手が、
どこかで受け取ってくれたなら、それで。
その答えに、私は小さくうなずいた。
ええ。
風は、必要な場所へ届きますから。
◇ ◇ ◇
少女はノートを胸に抱き、
穏やかに微笑んだ。
このノート、大事にします。
でも今日は、もうひとつ聞きたいんです。
何でしょう。
少女はまっすぐ私を見て言った。
マリエルさんは……
風に、どんな言葉を返しますか。
私は少しだけ考え、
レシートの裏に短い文字を書いた。
そして少女に見せた。
よく来てくれました
少女の表情がふっと緩み、
涙が一粒だけ落ちた。
その瞬間、カフェにそよぐ風が
レシートを少しだけ揺らした。
風が、それを読んだように。
◇ ◇ ◇
少女が帰ったあと、
私はゆっくりカウンターにレシピ帳を開いた。
そして今日のページに、こう記した。
風は、言葉を運ぶ。
人は、言葉を返す。
その間に生まれる物語を、
私はこれからも淹れ続ける。
風が通った瞬間、
扉の鈴が小さく揺れた。
まるで風が
また来る
と言っているように。
◇ ◇ ◇
――完――




