最終話 詩人と風がつくる言葉
朝の光がカフェ<カオスフフレーム>の床を照らし、
その上を風がゆっくりと踊っていた。
風の気配は、ここ数日の中でいちばん濃かった。
私はカウンターを磨きながら思う。
今日は、風が語り終える日だ。
店の空気が、物語の区切りを知っているように
静かに呼吸していた。
◇ ◇ ◇
扉の鈴が鳴く。
昨日と同じ水色のワンピースの少女が入ってきた。
胸には例のノート。
四つ目の言葉を受け取る準備をしているように、
その抱え方は昨日より少しだけ強かった。
少女は席につき、ゆっくりページを開いた。
ここにいる
ありがとう
ごめんね
三つの言葉を並べて指でなぞり、
深く息を吸い込む。
今日は……続きを聞けるでしょうか。
その声には決意と期待が宿っていた。
◇ ◇ ◇
私は風待ちブレンドを淹れながら尋ねる。
この三つの言葉、どう感じましたか。
少女はゆっくり答える。
どれも優しくて……
誰かが胸の奥にしまっていた大事な言葉だと思いました。
オグリが新聞を閉じてつぶやく。
今日の風は冷たいな。
重い言葉を運んでいる。
ポエールが鎧を鳴らして言う。
最後の欠片を、風が拾いに来たのだろう。
マーリンは筋肉を伸ばし、空気を読むように目を閉じた。
そろうわよ、今日で。
◇ ◇ ◇
私はカウンターにコーヒーを置き、
少女が一口飲むのを見届けた。
すると店が、静まり返った。
風が止むのではなく、
風そのものが店に溶けていくような、張りつめた静けさ。
紙が一枚、ひとりでにめくれた。
少女のノートの次のページが開く。
白紙の中央に光が集まり、すこしずつ形になっていく。
少女は息を呑み、
私は心臓がきゅっと締めつけられた。
最後の言葉が、風に乗って現れた。
さよなら
それは痛みを含みながらも、
どこか優しい響きの言葉だった。
◇ ◇ ◇
少女はそっとページを押さえた。
さよなら……
この言葉だけ少し冷たく感じます。
私は静かに首を振った。
これは、風が運んできた物語の最後に必要な言葉です。
冷たさではありません。
これは、前へ進むための結び目。
マーリンが続ける。
三つの優しい言葉は、
この言葉へたどり着くための道だったのよ。
ポエールが静かにうなずく。
別れとは、戦いの終わりではなく
次の旅への幕開けだ。
オグリは鼻を鳴らして言った。
風は別れも運ぶが、
同時に出会いも連れてくる。
◇ ◇ ◇
少女は四つの言葉を並べて読み返した。
ここにいる
ありがとう
ごめんね
さよなら
その指先が小さく震えた。
これは……
誰かの最後の気持ち……ですね。
私はそっと頷く。
風が何日もかけて集めた言葉です。
誰かが胸の奥に閉じ込めたまま、言えなかった四つの気持ち。
少女の目に涙が浮かんだ。
でも……受け取れてよかった。
誰かの心が軽くなりますように。
その瞬間、店の空気がやさしく揺れた。
風が少女の涙をそっと乾かすようだった。
◇ ◇ ◇
少女はノートをぎゅっと抱きしめた。
この四つの言葉……
誰の声なんでしょう。
私は微笑む。
それは風が決めることです。
受け取ったあなたがいるなら、
その声はもう、あなたのもの。
少女はゆっくり涙を拭き、
小さく笑った。
また来ます。
風の続きを聞きたくなりました。
扉を開けると、
外の風が少女のワンピースを軽く揺らした。
まるで、風が見送っているように。
少女の姿が遠ざかると、
店内に静かで優しい風がひと巡りした。
◇ ◇ ◇
――エピローグ予告――
エピローグ 詩人と風へ返す言葉
風が運んだ四つの言葉を胸に、
少女はひとつ、自分の言葉を風へ返す。
マリエルもまた、風に届けたい気持ちを見つける。
物語は静かに幕を閉じ、
カフェ<カオスフレーム>に、新しい風が吹く。




