第10話 ファイヤァァボォォォル!
三時。
カフェ<カオスフレーム>はいつも通り、甘い香りと常連のざわめきに包まれていた。
オグリは新聞、ポエールは勇敢にブレンド、スライムは砂糖水、マーリンはパフェに夢中。
——日常は、そう、日常であるはずだった。
——ガラガラガラッ!
扉が乱暴に開かれる。
「動くな! 金を出せ!」
覆面姿の男が二人、刃物を振りかざして入ってきた。
私は手にしたポットを落としそうになり、思わず息を呑んだ。
◇ ◇ ◇
「……ほう」
オグリが新聞をゆっくり畳む。
「混沌の客だな」
低音が空気を揺らす。
「勇敢なる敵よ!」
ポエールが立ち上がり、鎧をがしゃんと鳴らす。
「ここは聖域。剣を抜かずとも守り抜く!」
スライムが「ぷにっ」と跳ねる。
強盗たちは怯むことなく一歩踏み出した。
◇ ◇ ◇
「詩人さん」
マーリンが私に振り返る。
「ここ、ちょっとだけ壊してもいい?」
「えっ……ちょっとって、どのくらい!?」
「可愛いの範囲!」
「その基準が一番信用できないんですけど!」
しかし止める間もなく、彼女は立ち上がった。
杖を床に突き立て、声を張り上げる。
「——詠唱開始!」
炎が彼女の腕にまとわりつき、血管を伝って紅蓮の光が走る。
袖の下で筋肉が膨らみ、その輪郭を炎がなぞった。
「ファイヤァァァァァァァァ——!」
誰もが空に火球が飛ぶと思った、その瞬間。
——拳が振り上げられた。
「——ボォォォォルッ!」
轟音とともに、炎を纏った拳が強盗の顔面にめり込む。
男は悲鳴を上げ、火花を散らしながら宙を舞い、壁に叩きつけられた。
残った一人は青ざめて刃物を放り投げ、逃げるように店を飛び出していった。
◇ ◇ ◇
静寂。
椅子も机もきしむことなく、ただマーリンの拳に残る炎だけが揺れていた。
「……やったぁ! 正義は勝つ! 可愛いの勝利だよ!」
マーリンは満面の笑みで拳を掲げる。
背後で、パフェのクリームがほんのり焦げていた。
「……カウンター修理代は可愛くないですね」
私は帳面に請求の欄を思い浮かべながら、そっとため息をついた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第11話「注文は混沌の中から」
「ブレンド、砂糖水、パフェ……そして突然の武闘派リクエスト。私は今日も帳面を握りしめます」