97 血筋よりも強きもの
生粋の貴族として育ち、幼い頃から「誰よりも優れよ」と叩き込まれてきたユリウスにとって、平民出身のレオンハルトは、どうしても許せない存在だった。
認めたくはないが、自分の座を奪い取る存在がいるとしたら、奴しかいないと思っていた。
レオンハルトは平民上がりのため、どれだけ功績を重ねても一代限りの騎士爵にすぎない。
一応、貴族のいる騎士団の統率者として子爵扱いを受けていたが、血筋を重んじる生粋の貴族は、平民出身だと知るや奴には目もくれなかった。
しかも、本人は平民出身であることを平然と公言する。
自分を貶めるその態度は、ユリウスにとって情けないものにしか映らなかった。
だが、それでも──生まれて初めて、奴には敵わないと感じた。
剣術の大会で奴に勝てたことはない、上司や部下からの厚い信頼、すべてを自分と比べてしまい、常に不安に苛まれた。
自分が奴より優れているのは、この貴族の血筋と、それに付随する人間関係だけ。
だが、それを認めることなど、ユリウスにはできなかった。
なんとかしてレオンハルトを追い落としたい。
王から各騎士団に「思い通りに動く駒を作れ」と指令が下ったとき、ユリウスが狙ったのは、レオンハルトが最も信頼する副団長のカイルだった。
カイルには事情があり、付け入る隙もある。
だがそれ以上に、裏切られていることを知らずに笑うレオンハルトを見て、笑ってやりたい──その思いがあった。
それでも、レオンハルトへの憎しみと同時に、羨望もあった。
自分は、王妃に絡め取られた人形だ。
最初は、王妃の誘惑に抗った。同時に侯爵家の嫡男として、王妃に嫌われてはならない。
しかし、王妃の求める関係を持てば、王の逆鱗に触れ、家は取り潰しにあう。
初めの頃、王妃には
「王妃の美しさに抗いたくはありませんが、私には家を守る義務があります。残念です」
と言い、膝をつく程度で満足してくれた。
しかし、その影にそっと口づけを落とすように強要されるのは日常だった。
やがて、王も共謀者なのではないかと思えるほど、王の指示で閉じ込められる部屋で王妃との二人きりが増えていく。
部屋には、頭が痺れるような香が焚きしめられていた。
複数人の前で謁見するなどの策も試みたが、徐々に抗うことが虚しくなっていった。
気づけば、全く好みでもない王妃の言いなりになっていた。そしていつしか、王妃からの愛を、求める自分までいた。
その関係は長く続いた。甘い香りに囚われ、抵抗の術も封じられる。
ただ、不貞が漏れるのではないかという不安だけが心を占めた。
貴族社会は耳ざとい。誰かが必ず見ている。
噂は流れているかもしれない。
自分は侯爵の嫡男の立場で、本人の目の前で噂を口にする者はいないが、王は自分を陥れた張本人である以上、王妃との関係を知っていたはずだ。
それに、王妃を寵愛する王の行動は理解できなかった。王妃が求めるまま、若い騎士と遊ぶ場を自ら設けるなど、どういう考えなのか。
それでも、レオンハルトは王妃の手を逃れた。
何度も同じような場を作られたにもかかわらず、総司令官ダリウスが彼を守った。
ダリウスは公爵家の出身だ。それなのに、平民上がりのレオンハルトを守り、生粋の貴族である自分は守ってもらえない。
情けなくて、涙がこぼれた。
自分は、レオンハルトに何もかも敵わないのだ。




