96 ユリウスの影と父の決断
ダリウスは、アリエルが用意してくれた拠点用のブレスレットを外し、久しぶりにアドリアンのタウンハウスへ転移した。
実は王から追われた身になったとき、ダリウスを匿ってくれたのはアドリアンだった。外から見たら国王派のダリウスと貴族派のアドリアンは犬猿の仲に見えただろう。
しかし、アリエルを通じて見えない友情があることを誰も知らなかった。
今回、アドリアンに会いにきたのはクーデター決行日の相談と現状の相談だ。
総司令官ユリウスからの樹海探索や魔物討伐の許可依頼は、最初から「レオンハルトとは連絡が取れない」ことを見越していたような内容だった。
もし無視を続ければ、勝手に魔術師団が拠点へ踏み込み、樹海を荒らす可能性もある。
そこでレオンハルトが出した返答案は――。
『魔物討伐時におった怪我のため、在庫のポーションを飲みながら回復を待っていたが、まだ安定していない。
水属性の魔核は一定数確保しているので、〇日後に魔導炉へ持っていく予定だ。
現在は樹海内の魔物の状況を調査中であり、勝手な討伐や探索は許可できない。」
.....一旦向こうの足止めをする方向へ
レオンハルトからは、◯日後の前夜、もしくはその日の夜のクーデターの決行はどうかと打診された。
防衛部隊が魔導炉に来る日の魔術師の警備は、普段よりも厚いだろう。そして、防衛部隊の兵のチート級の毛皮が貼られた防具が見えた瞬間から対応が変わるだろう。
前夜やその日の夜であれば、当日の昼に割く人員が増える分、警備は減り、油断している。
夜目レンズがあるので、残った魔術師を捕らえやすいし、隊員がもっている防具なども夜で見えない。
『クーデター日を決めてくれると助かる』
ーーー
顔を合わせたアドリアンに拠点の進捗を伝え、クーデターの日程は父に判断を仰ぐことになった。
だが、あの時父にクーデターを依頼したものの、協力してくれるとは正直思っていなかった。
アリエルとの交際について、賛成されたことは一度もない。ただ「止められなかっただけ」だ。
父からすれば、国に買われた平民以下の少女(外向きには錬金術店を営む娘)と公爵家次男の恋など、風聞が悪いにもほどがある。
せいぜい愛人にして、正妻は別に迎えろ――そう考えていたはずなのだ。
縁談を押し付けられなかったのは、生きた兵器であるアリエルを刺激しないため。
(彼女はきちんと伝えれば危険な女なんかじゃない。私利私欲で動く女でもない。ただ、飴を嬉しそうに舐めて笑う――純粋な子だったのに)
報告の中で、アドリアンはユリウスの動きを聞き、渋い顔をした。
「ユリウスは……クロだろうな。だから慎重にかわす必要がある。ただ、状況はカイルと同じだ」
「脅されている、と?」
「ああ。噂だが……長く王妃様のお手つきにされていたらしい」
「……」
ダリウスも渋い顔をする。
「今回の異動で、レオンハルトは平民出身で左遷。逆にユリウスは侯爵家出身で出世だ。だが、おかしいのはその直前。アリエル失踪の直後、一週間だけ彼が指揮していた近衛騎士団が樹海へ派遣され、部下は多数死亡、自分も殺されかけた。任務も達成できなかったのに、なぜか出世……」
レオンハルトが王妃の危機を避けられたのは、直属の上司としてダリウスが常に第一騎士団と王妃の接触する可能性を、把握していたから。
だが近衛騎士団は王直属――状況の把握ができるのは王だけだ。だから、ダリウスは手を出せなかった。
(あのモールス信号……良心の呵責と王からの命令が混じったものか? だとしても、レオンハルトにとって、ユリウスは敵でしかないが....)
アドリアンは苦しげに言葉を継ぐ。
「それと……伝えにくいが、決定事項がある。今回のクーデターで、仮にアリエルに何かあっても……王の処分は“幽閉”止まりだ」
「……なんだと」
ダリウスは思わず声を荒げた。
「アリエルは酷い目に遭っているかもしれないんだぞ! いや……もうすでに!」
「ああ……だが、王を処刑すればクーデターが露見し、他国の攻撃の口実になる。だから、堅牢な魔法障壁と警備のある建物に幽閉する。それが限界だ」
……結局、クーデターが成功しても。
王と王妃は、何事もなかったかのように生き続ける。
アリエルが、どれほど傷ついていようとも。
もし、すでに亡くなっていたとしても。
ダリウスは、悔しさに歯を食いしばるしかなかった。




