92 泣き猫を抱きしめて
そーっと塔のドアを開ける。
水だけ置いて立ち去るか、それとも先に謝って……いや、どうする?
二階――いない。
三階――えっ? いない……。
(確かに入っていったよな? どこだ?)
焦って外を探そうとした時、ふと見上げた四階。
まさか……。
……いた。
真っ暗な部屋で、木箱の横に膝を抱えてうずくまっている。
「ミレイユ?」
まるで威嚇する猫に近づくようにそっと声をかける。
「なんなんですか! もうっ!」
ほら、シャーって来た。
でも、ずぶ濡れの俺を見て少し冷静になったらしい。
「……すみません、水かけちゃって」
「ああ、ちょっとびっくりしたけど」
沈黙。
「怒った理由、聞いてもいい?」
返事はない。
横に座る。
その肩に触れようとした瞬間――パシッと手を叩かれた。
(やっぱダメか……)
けれどすぐに、ミレイユの肩が震え、ぽろぽろと涙が落ちる。
「レ、レオンハルトさんなんて……っ! 働くなって言うくせに!」
(いや言ってないけど!?)
「イチャイチャする時間作れって言ったくせに!」
(だから我慢して休めるようにしたんだろ!)
「それなのに抱きしめてすぐいなくなるし! 一人でいろとか言うし! わけわかんない!」
めちゃくちゃだ。
でも、可愛くてどうしようもない。
「じゃあ何だ。休みの間ずっと抱きしめてろってことか?」
レオンハルトは困ったように聞く?
だが、次の返答は予想外だった。
「なんで……なんでずっと、そばにいてくれないんですか!」
泣き顔で訴えられて、頭が真っ白になる。
ええと...
「……俺、抱きしめてもいい?」
「き、聞かないでください!」
拳で胸を叩かれる。
その手を捕まえ、衝動のままに指先へ猫のように舌を触れさせる。
「……っ!」
肩が震えて、彼女の動きが止まった。
そのまま抱き寄せ、頭を撫でる。
今度は抵抗しない。
むしろ、熱を帯びた身体を俺に委ねてくる。
額に口づけ、頬に滑らせ、唇を塞ぐ。
軽く触れるだけでは我慢できず、舌で涙の味をすくう。
「ん……」
ミレイユの掠れた声と俺の唇が塞がるのが同時。
指先を首筋に這わせた瞬間、彼女の息が乱れる。
そして、小さく触れるたびに、お互いの息が絡みあい、熱量が高くなる
「……わたし、頑張れるのって……レオンハルトさんがいるからなんです。撫でたり、ぎゅってしてくれるから……安心できるのに。それを奪わないで……」
――ああ、なるほど。
俺は休ませてやろうとした。
けど、ミレイユにとっては俺とのスキンシップが一番の精神的な安らぎだったのか。
もう一度、深く口づける。
互いの呼吸が混ざり、そっと唇を離すと...
彼女の震えも怒りも落ち着き、胸の中にすっぽり収まっていた。
やっぱり猫だ。
拗ねて、泣いて、撫でられれば落ち着いて。
思わず吹き出しそうになる。
「これからは遠慮せずしっかり甘やかすから。一緒に頑張ろう」
囁くと、ミレイユは真っ赤な顔で小さく頷いた。