9 指輪が呼んだのは、最強の騎士でした
ミレイユは、突然現れたレオンハルトに息をのんだ。
でも、彼は師匠のことで疑われている私に対しても、すぐ攻撃するでもなく、むしろ自分も予定外のトラブルに巻き込まれながらも誠実に対応してくれる。
……その姿勢に、なぜか感謝してしまう。
「第一騎士団長って、すごく素敵なんだって」
そんな噂を、店でよく耳にした。
顔は物語の王子様みたい。
剣は誰よりも速くて華麗。女遊びもせず、品行方正――。
なるほど、目の前の彼を見たら納得しかない。
しかもレディファーストで、騎士なのに無骨じゃなくてスマート。噂通りだ。
……もしかして。
ダリウスさんや師匠が渡そうとしたのって、指輪じゃなくて、この人そのもの?
困ったとき、この指輪がレオンハルトさんを運んでくる――
そんな仕掛け?
「ほんとにあの二人は……迷惑にも程がある」
ため息をつきつつも、火起こしすらままならない生活なので、ありがたいのは事実だった。
サバイバルなんて未経験だ。
だったら、この人に教わって、稼ぎ方も相談して……お礼は錬金物で返そう。
そして、ここでの関わりは忘れてもらおう
――そう、心に決めた。
***
レオンハルトはまず、今いる場所の確認を始めた。
もらった剣を試し切りするにしても、周囲の安全性の確認は必要だ。
塔の入り口は厳重だった。
重厚な木の扉は、錬金術で鉄以上の硬度を持たせた特製。
並の力じゃ破れない。
見知らぬ男を入れるのは危険だが、ミレイユは迷わずレオンハルトの名前をセキュリティのリストに追加した。
魔法結界が淡く光り、静かに震えて扉が開く。
「師匠とダリウスさんがあなたを呼んだのなら……きっと、私に渡したかったのは指輪じゃなくて、あなたなんだと思います」
その声は弱いけれど、真剣だった。
「でも、これ以上は迷惑かけられません。ただ、もしよければ……私のこれからの生活について、アドバイスだけでも」
確かに迷惑はかかっている。
けれど彼女も、自分と同じく巻き込まれただけの被害者だ。
この健気さに、胸が少し痛くなる。
***
塔のてっぺん。
窓を開けると、遠くに時計台が見えた。
「……ほんとだ。街が見える。ということは、ここは南か」
ここから更に南には、この国で一番高く名前の通り霊力を有しているといわれる霊峰山、
そして山の麓から街の近くまで、方向感覚を狂わせる魔の樹海が広がっている。
実は、樹海に行く街からの道は封鎖されていて、認識阻害までかけられている。
この地域は、魔物、ダンジョン、魔力変動なんでもあり。
特に、霊峰山の麓は魔物のスタンピードが頻発する危険地帯で、満月の夜には狼の群れが襲撃することもあるからだ。
(……なんでこんな場所に避難を?)
いくら、周りの目から逃れることができても、女の子ひとりを置けるはずがない。
無責任になれない自分の性格を、ダリウスは見抜いていたのだろう。
彼女の言う通り、この指輪で呼ばれた自分こそが、彼女への贈り物。
まだこの場所の危険を知らない少女に、どう伝えるべきか――。
レオンハルトは、静かに頭を抱えた。