88 光の羽と不器用な剣
昨夜は色々あって、まともに眠れていなかった。
さすがに限界だ。
三階の作業台に座ったまま、ミレイユはうとうとと舟を漕ぐ。
錬金術は集中を切らしたら危険――本当なら休んだ方がいいのに、頭の片隅ではまだ考えごとをしていた。
甲殻魔物の殻と防具の組み合わせ。
万能薬の試作。
そして、まだ名前もつけてない魔力抑制布の扱い。
……やらなきゃいけないことは山ほどあるのに。
「――ほら、そこまで」
不意に、ランプの灯りが落とされた。
レオンハルトだ。
室内が暗くなると、棚に置かれた瓶の中で《光の羽》がきらきらと輝きだす。
羽模様の光が壁に映り、ちょっとしたインテリアのように幻想的だ。
「……光の羽、綺麗ですね」
「うん。貴族なら間違いなく飾りにするな」
ミレイユは思考を停止させて、ただそれをぼんやり眺めていた。
「こらこら。もう完全に寝てるだろ」
レオンハルトがため息をつき、ひょいと彼女を担ぎ上げる。
「ゆっくり休んでほしい。俺、そばにいてもいいなら一緒に横にいるし。嫌なら四階でも拠点でも寝るから。――だから、ちゃんと休め」
彼は知っていた。
昨日、彼女がほとんど眠らず、朝から勝負下着とずっと格闘していたことを。
「恥ずかしいから言わなくてもわかる」なんて甘えをしていたら、お互いに後悔して取り返せない時間になる。
そう今日の下着事件でも思い知ったばかりだから、できる限り言葉で伝える。
「……じゃあ、一緒でお願いします」
その返事がどれほど本音かは、もうミレイユの眠気の様子で分からなかったけれど。
布団に潜り込んだ瞬間、ミレイユは安らかな寝息を立ててしまった。
――だから彼は、そっと離れる。
魔物除けの鈴を腰に下げ、外へ出た。
拠点にこもりきりでは、まともに剣の練習もできないからだ。
手にしたのは、火と風の属性を宿した剣。他にも機能はついているが、魔術師と戦う時にはこの二つがメインとなる。
だが、まだ「振り回されている」感覚が強い。
先日のダリウスの剣さばきを思い出すと、属性の剣がついているとはいえ、その差は歴然だった。
だが実は騎士団の大会では彼を抑えて優勝したのが、レオンハルトだったはずなのだ。
(あの大会で勝ったのは……手を抜かれてたからか)
そう思うと、悔しさがこみ上げる。
おそらく、今までの動きを見ているとなんらかの事情があるのだろう。
別に元上司に勝ちたいわけじゃない。
けれど「手を抜かれていたかもしれない」という事実が、ただただ悔しかった。
「はっ!」
振り下ろす――弾かれる。
と同時にふわっと体が強制的に浮くような、自分で制御できない竜巻に飲み込まれるような衝撃が体を襲い、それを維持しようとする空間の時間が出来てしまう。
剣を止める動作が不安定で、体が風属性に遊ばれてしまうのだ。
それをとにかく安定させてすぐ次の行動に移れるようにしたい。物理攻撃と火攻撃が同時に起こる。
剣をビュンと振る音が響く
マメが潰れ、血が滲む。
それでもやめない。
感覚を掴むしかないのだ。
鈴の効果は三時間。夜の練習には十分ではないが、少しでも剣を「味方」にしたい。
ラスト10分は水場で汗を流す。
何事もないように、練習なんて気づかれないように、普通に朝を迎えたい
――気づけば、また光妖精がひらひらと飛んできていた。
「妖精は魔物じゃないのか」
二度も出会えるなんて、確かに幸運だろう。
「この間は光の羽ありがとうな。大切に使わせてもらう」
そう声をかけると、妖精はふわりと彼の手に止まった。
次の瞬間、潰れたマメが治っていく。
(……前なら、妖精だろうと切ってたかもしれないのにな)
治った掌を眺めて、思わず吹き出す。
「だんだん俺も、ミレイユ化してきたな」
夜風に笑いながら、拠点に戻ると――彼女はまだぐっすり眠っていた。
布団に潜り込み、そっとその温もりに寄り添う。
今回の作品は初めて陰謀ジャンルや錬金術といったファンタジーにも手を伸ばしており、しかも恋愛を絡めているので、どれも中途半端になっていないか不安なまま書いてます。
もし、面白いと思っていただけるなら星の評価やブクマを入れていただけると励みになりますのでよろしくお願いします




