87 生きた兵器をめぐる謀議
ダリウスから「魔導炉の制圧準備は順調」との報告を受けたセドリックは、宰相アドリアンと共に作戦室へこもっていた。
話し合うのは――クーデターの段取り、そして成功後の兄カールヴァインの処遇についてだ。
「……面倒なことになったな」
セドリックが低く唸る。
この国は樹海の魔物に常に脅かされながらも、その樹海こそが隣国への天然の盾になっていた。
だが、樹海のない反対側には大国がある。
魔法と科学を兼ね備え、何度も戦火を交えた相手だ。
いつ呑み込まれてもおかしくない状況を支えてきたのは、ただ一人――《生きた兵器》アリエル=ソフィア。
絶大な攻撃力と絶対の防御、そして致命傷を負っても蘇る異能。
大国でさえ、彼女がいる限り侵攻をためらってきた。
――だというのに。
「王は、その価値を理解せず……更に魔導炉で魔力を増やし、大国に攻め込むつもりらしい」
アドリアンの声音には冷え切った怒りが滲む。
「魔導炉を建造する?難しいです」
アドリアンは何度も王からの魔導炉建築について、費用がないのを理由に断ってきた。だが実際は、
「費用ももちろんですが、核となる魔核をとってくるのも、魔導炉を作れるのもアリエルだけです。彼女がいないと回らない国を作ってしまえはこの国は壊れます」
アドリアンはセドリックに対してそのように述べた。
「それでも王は止まらなかったわけか」
セドリックはため息をつく。
しかも、アリエルはすでに兄カールヴァインの手に落ちている。
もし彼女が死んでいたら? この国は、あっという間に大国に呑まれる。
もし生きていても王に従わされているのなら……このままでは、間違いなく戦争の駒に使われる
ダリウスが私に助けを求めてきたのは、政治的な意図ではなく、ただ彼女を救いたいだけだろう。
彼女の価値を理解していないわけではないだろうが、そのような目でみることを拒んでいる
だが現実には、アリエルの存在は国家転覆の引き金そのものだった。
だから、王妃のこと、王太子のこと、ダリウスからの依頼、今後の国のことを考えると動かなければならない。
「……セドリック様。私はアリエルがまだ生きていると考えます」
アドリアンの目は真剣だった。
「霊峰山の魔導炉は稼働率が落ちたり上がったりしているんです。防衛部隊からの魔核がない今、上がるはずがない。つまり――何か違う物を投入している」
「アリエルが魔物を狩っているとか?」
「それはありません。周囲に彼女の目撃はなく、アリエル失踪以来、魔術師団が炉を厳重に警備しています。……魔核以外の何かで稼働しているとしか」
セドリックは無言で唸った。魔核以外で魔導炉を動かす? そんな方法は聞いたことがない。
「総司令官ユリウスに、魔術師団の撤退を命じられるか」
セドリックの提案に、アドリアンは目を細める。
「……ユリウスは貴族派です。しかし、騎士団の中に王の駒を作って王に取り入ったことが確認されています。また、樹海防衛部隊の撤退妨害や物資すり替えにも関わった可能性があります。彼に情報を漏らせば、騎士団を動かす可能性が出てきます」
クーデターが失敗に終わる未来が頭をよぎり、セドリックは重く吐息を吐いた。
もちろん、ユリウスは元は王直属の近衛騎士団の団長だったのだから、王の命令で動いていた可能性も捨て切れないが。
「動かせるのは今の近衛騎士団と貴族勢力だけだな。王の直属だが、樹海での被害で忠誠心は砕けている。……クーデターは秘密裏に進め、王と王妃は厳重に幽閉するのみとしよう。対外的には“病で政務を続けられない”と見せ、息子が成人するまで私が代理を務める。そうすれば他国も余計な動きを見せまい」
「……はい」
アドリアンは頷くしかなかった。
だが胸の奥に苦々しさが広がる。
アリエルが犠牲になるかもしれないのに――クーデターを成功させても、愚王を討つことすら許されない。
爪が食い込むほど拳を握りしめ、アドリアンはただ怒りを押し殺すしかなかった。




