85 錬金トラップで心臓がもたない!
「すいません。もう俺、なんて言っていいか」
カイルは気の毒そうな目でため息をついた。
みんなが甲殻魔物の殻を洗って粉にしようと格闘している横で、俺は人目を避け、カイルに事情を説明する。
「普通に考えてくださいよ。そんなににいい雰囲気になって……それで終了ですか?」
「ちゃんと理由は言った。後でミレイユが後悔したら笑い話にならないだろ」
「……その真面目さが、人を一番傷つけるんですよ」
俺は顔面蒼白になっていた。
「あのさ。あの勝負下着を俺に見せて“気になる”って言ったのは……俺のために使うって意味じゃないのか?」
真剣に尋ねた俺に、カイルは即答する。
「ないですね。あれは“意外性”のためのもので、宣言して使うもんじゃないです。むしろ――『別の男のために使います』っていう死刑宣告に近いですよ」
……くらっときた。
なんだよ、俺の今までの我慢は。大切に思っていただけなのに。
俺が沈んでいると、不意に声がかかった。
「お前の考え、そのままミレイユに言ったほうがいい」
いつの間にかダリウスが立っていた。
……どこから聞いてた!?
「カイルは俺が“監視してる”って言ってただろう」
監視って、足首チェーン以外にも!?
「ミレイユの父親代わりだからな。本来ならお前の今の段階でも殴りたいぐらいだ。だが……俺にも負い目がある」
「本当に全部終わったら、ちゃんと交際を申し込むつもりだった」
「だったらもう一度聞け。……で、どこでどんな状況だった?」
「三階の作業室で……顔の前に下着を広げて、まじまじと眺めて……ん?」
ダリウスは深いため息をつく。
「俺とお前は似てると言っただろう。アリエルに何度同じようなトラップを受けたと思う?」
俺とカイルは同時に食いついた。
「どんなトラップですか!?」
「そのまんまだ。錬金になると、下着だろうが魔物だろうが人間だろうが――全部“素材”にしか見えなくなる」
思い当たりすぎて頭を抱える。
「つまりそれは、錬金で何か閃いたってことだ。……さっさと聞け!」
ため息まじりに背中を押され、俺は塔へ戻った。
―――
塔に戻ると、勝負下着は――燃やされたり、水をかけられたり、糸にされたり。耐久実験のせいでもう原型がなかった。
「レオンハルトさん! 月影狼の毛皮を燃やして灰にして、そこにスライム液をほんの数滴!
入れすぎるとゴムっぽくなるんですけど、この薄さなら逆にハリが出てふんわりして……! 魔力を広く浅くかけると薄くなって、魔力抑制効果がつきました! さらに麻痺効果を加えれば、相手は動けなくなると思います!」
ドヤ顔でふんわり薄い向こうが透ける錬金物を見せる、
……俺は脱力した。
やっぱり錬金術師って恐ろしい。
彼女の頭を撫でながら、今日自分が思った不安をそのまま伝える。
ミレイユはきょとんとした後、机に散らばったボロ布――もはや布切れとなった下着を慌ててかき集めた。
「あ、あの! 違うんです! 他の人に使うなんて絶対にありません! むしろ、私がレオンハルトさんに迫りすぎて嫌われないかと思って……!
こんな下着を大事に持ってたら、気持ち悪いかなって処分しようとしただけなんです! でも、生地が気になっちゃって!」
「なんで、迫りすぎたら嫌われるんだ?」
「そ、それは……レオンハルトさんって絶対モテるし。私なんてすぐ好きになっちゃったけど、従業員の人も以前話題にしてて……。でも、そういうの全然嬉しそうじゃなかったから……。だからもし好きって言ったら、逆に興味なくすんじゃないかって……」
――勘違いにも程がある。
しかも、あのキスも嫌がられてなかったってことか。
レオンハルトは思わず口元を押さえる。
少しだけ、心が軽くなった。
「俺、本気で女性と付き合いたいって思ったのは君が初めてなんだ。だから、うまく言えなくて悪いけど……どうしてそうなったか、君にはちゃんと知ってほしい」
俺は過去に貴族女性や王妃から受けた仕打ちを正直に話した。情けないが、誤解されるよりはましだ。
ミレイユは馬鹿にする子じゃない。
話し終えると、彼女はぎゅっと抱きしめてきた。
「レオンハルトさん、私ずっといます。だから……これが終わったら、もう一度ちゃんと“必要だ”って言ってください」
俺も抱きしめ返し、「ああ」と答える。
必要に決まっている。
必ず口説きに行く。
俺は彼女を強く抱きしめた




