83 眠れない夜と勝負下着の処分計画
塔に戻り、ミレイユは月影狼の毛皮を前にしていた。
――魔力を抑制できる、そう確信がある。
ヘルカーンの毛皮が魔導炉の断熱に使われるのは、強い魔力が発生してもそれを外に逃がさないだけの魔力が、毛皮の内側に含まれているからだ。
寒いとき、体温を逃がさない毛皮のコートみたいなもの。
ならば、同じく強大な力を宿し、しかも光と闇の二属性を持つ月影狼なら、それ以上の効果があって当然だ。
問題は――毛皮の分厚さ。
防具や炉ならそのまま使えるが、対魔術師戦闘用となれば別。魔術師に被せるには、分厚すぎる。
毛皮をつなげて投げ込む? ……重いし厚すぎる。
「うーん……ううん……」
ミレイユは机に頭を突っ伏した。
「もう、今日は飲みすぎたからコーヒーは終わりだよ。少し眠ろう」
レオンハルトが、二階のベッドに横になる準備を始める。
狭いベッドだが、二人で眠ることに抵抗はなくなっていた。
……レオンハルトさんはみんなから「奥手」だとからかわれている。
でも、私は思う。
確かに一般的には奥手なんだろう。けど、実際は――自分を奥手だと思い込んでいる天然なんじゃないか、と。
だって、彼が熱量をもって触れてきたとき、私は一瞬で“女の子”にさせられてしまうんだもの。
今までそんな男性の縁はなかったし、女の子らしさとは皆無だったのに...
年齢差や出会い方を気にしているけれど……たぶん、大半の女子は、この顔で、この誠実さで、この優しさで、さらにあの声で愛を囁かれたら落ちる。
でも本人は、その魅力を理解していない。むしろ女性から向けられる反応を、どこか嫌がっている気さえする。
……それはきっと....追われすぎたから。
はっ!!
だから最初、関心を示さなかった私に興味を持った、そんなパターンじゃないの?
――ダメ!
ミレイユは真っ青になる
絶対に肉食系女子になっちゃダメ!!
き、気をつけなきゃ……。
背中にじわりと汗がにじむ。
ーーー
やがて私たちはベッドに横になった。
狭いから、当然のように私は彼の胸の中。
(……近い。心臓の音、聞こえる。やばい、眠れない……!)
そっと顔を上げて、彼の横顔を見つめる。
「眠れないのか?」
レオンハルトが目を細め、布団をかけ直してくれる。
「疲れすぎると神経が昂って、逆に眠れなくなるからな。でも……眠るのは大事だ」
優しく抱き寄せられて、胸の奥が熱くなる。
(む、無理……。こんなの、もう大好きってバレちゃう……!)
「どうした? なんかいつもと違う……」
額をコツンと合わせられて、そのまま唇を塞がれる。
柔らかな熱に息を奪われ、室内に吐息が混じる。
頭が真っ白になって、気づけば私は彼の首筋に手を伸ばし、自分から唇を奪っていた。
(あっ……! わたしってば完全に肉食じゃないの!!)
慌てて動きを止める。
すると、彼は勘違いして身を引いた。
「ご、ごめん。眠ろうって言ってるのに……」
ち、違うのに。そうじゃないのに。
ただ、もっと……そうです
欲しくなってしまった。あーーーっ!!私ってば!
胸が切なく締めつけられる。
そんな私の気持ちを知らず、彼は突然顔を赤らめながら更なる爆弾を落とした。
「か、カイルを許すことにしたんだ。幼馴染に渡す薬の話をしたら、あいつ“お礼は次の勝負下着で”とか……。だ、誰が使うかって! 本当に要らないって!」
「…………」
明日、あの下着は焼却処分だ。
残しておいたら、“これを着て迫るつもりだったのか”なんて、誤解されるに決まってる。
いや、もしかしたら着たくなる日がくるかもしれない。
――万能短剣の火属性で、こっそり焼こう。
そう心に決めながら、彼の胸に顔を埋めた。
……この温もりに包まれているだけで、本当にいいのに。




