78 最後の呼び出し
アリエルは、再び王から呼び出しを受けた。
――今日が最後かもしれない。
なんとなく、そう感じていた。
(もう一度、ダリウスとミレイユに会いたい……)
けれど、それは叶わない。
ダリウスとは綺麗に別れられなかった。
ミレイユに次に支えてくれる人を見つけてやることもできなかった。
それでも
私がいなくなれば、すべて解決するような気がした。
(ダリウスもミレイユも、きっと幸せになれる)
塔にはもしものために錬金術の道具を多めにおいた。
魔導炉や樹海の魔物討伐に必要な資料は拠点から塔にうつした、
ミレイユとの思い出や悩んだ日記などは一つの箱に片付けた。
できるだけ、塔の中は備えたつもりだ。
……ただ、ミレイユに手紙は残せなかった。
人と感覚が違う自覚はある。
適切な言葉を残せる気がしない。
最後に、樹海防衛部隊に行き、部隊員たちに魔よけの鈴やポーションを配り、自分が帰らなかったら、撤退するように指示を託した。
これで大丈夫。
アリエルは覚悟を決めて、王のもとへ向かった。
⸻
王の部屋に入るのは、ここ最近ずっと恐怖だった。
ダリウスが貴族と知らない世界で過ごしている。
他の女性と踊り、笑い、楽しそうにしている映像を見せつけられる。
今までに見たこともないダリウスの姿。
胸がざわつき、どうしようもなく苦しくなる。
(これが……愛するって感情ならよかったのに)
調べて分かった。これは嫉妬や妬みと呼ばれるものだ。
わたしはこの映像の女性たちに嫉妬しているのだ。
結局、最後までダリウスが自分に与えてくれたような“愛すること”がわからなかった。できなかった。それが悲しかった。
今日はもう解毒剤も仕込んでいない。
防御魔法も張らない。
――足掻くのはやめた。
だが、その瞬間。
王の姿を見て、アリエルは息を呑む。
いつも以上におかしい。
目は座り、ろれつも回っていないのに、意味なく怒鳴り散らしている。
部屋にはうっすらと葉巻の煙。魔力依存の香り。
(これを吸っていたのね……。誰が渡したの?)
アリエルは睨むように、部屋を見回す。
「へえ、こんなところに生きた兵器がいるとは思わなかった」
背筋が凍る。声の主は王妃マーガレットだった。
王妃が、魔力依存の煙を?
だが、王妃だ。思わずお辞儀をする。
王妃は寄ってきて、アリエルの顎を扇子で持ち上げにこりと笑う――そして、そのまま打ち据えた。
「――っ!」
身体が吹き飛ぶ。
(防御魔法を展開させようか)
頭をよぎったが、使えば悪手だ。
王も王妃も望んでいるのは、ただ痛めつけること。
抵抗すれば長引くだけ。
「あなた、わたくしのこと覚えてもいないのね。同じ魔術師団にいたというのに」
その声に驚いて顔を上げる。だが、記憶にはない。
人に関心を持たなかった過去が、ここで牙を剥いた。
その無反応がまた王妃を逆撫でする。
金属仕込みの扇子が容赦なく振り下ろされ、顔が腫れ上がっていく。
満足げに眺める国王。
そして――最悪のタイミングで扉が開いた。
「おや……ずいぶん楽しそうだな」
姿を現したのは、魔術師団長ライナルだった。




