74 思い出の木箱と、静かな休憩
ミレイユは、一番早く完成しそうな月影狼の目玉の処理から始めた。
この後は、ひたすら研磨だ。
目を傷つけないよう、ソフトな仕上がりを求めて細かい作業を繰り返す。
ピンセットで拾い、顕微鏡を覗き込みながら、指すら傷つけないほど小さな研磨を少しずつ。
だが、やりすぎればすぐに傷になり、使えなくなる。
さらに、魔力を広げるように注ぐと、少しずつ硬化していく。
ただし、それはとても薄く脆い。力を入れればすぐに割れてしまいそうだ。
その不安定さを固定するため、魔力を多く含んだ水に漬け込み、定着を促していく。
幸い、ひとつひとつは小さいため魔力の消費は大きくない。
だが、一人につき二つのレンズが必要だ。数は膨大で、しかも神経を削るほど細かい作業。
――ミレイユは、ひたすら夜目レンズを作り続けた。
***
その間、レオンハルトは邪魔をしないように四階で木箱を漁っていた。
残された木箱はすべてアリエルの私物らしい。
中には錬金レシピのようなものもたくさんあるが、普通の料理のレシピや、子育てに関する本もある。
――子どもの心が優しく育つように。
そんなタイトルの教育書をよく読んでいたようだ
(ミレイユから、アリエルが人と違う行動や考えに悩んでいた話を聞いたことがある。少しでも似たような環境を……そう考えたのかもしれないな)
他にも、ミレイユが幼いころに使っていたと思われるままごとのおもちゃや人形、描いた絵なども、一般的な女の子の子供時代の思い出が詰め込まれていた。
その描いた絵には、ほとんどアリエルが登場する。時にはダリウスと思われる男性の姿も。
ミレイユは意識していなかっただろうが、アリエルとダリウスは彼女にとって両親のような存在だったに違いない。
けれど――。
こんな温かい家庭があるのに、ダリウスは別の貴族女性を選び、アリエルは愛がわからないと別れを望み、ミレイユの独り立ちを願っている。
というか、ミレイユへのこの関わりみると、多少ズレていても愛情しか感じないんだが....
(もちろん、俺だって……ミレイユに望んでもらえるよう頑張るし、幸せな家庭を築く自信もあるけどさ)
気づけば、また未来の妄想が広がりかけていた。
(……こんなとき、平民でよかったと思うな)
ミレイユと一緒にいられるなら、身分なんていらない。
ユリウスや貴族社会の嫌がらせを受けたとしても、生粋の貴族でなくてよかったと思える。
「はぁ……」
深くため息をつく。
ミレイユには、ダリウスの今後のことをまだ話せていない。
今まで、ダリウスの叶わぬ純愛に同情していた。
けれどよく考えれば――いや、考えなくても――アリエルの国から受けた環境の方があまりに可哀想すぎる。
とはいえ、他人の恋路だ。どうしようもない。
なら、この思い出の箱は、無事にアリエルが戻ったとき――二人で思い出話に花を咲かせるために使えばいい。
残ったレシピは木箱一つ分。これなら拠点に持ち帰るのも、ここで読むのも容易い量だ。
レオンハルトが三階まで箱を抱えて降りると、作業部屋は金色の目がずらりと浮かぶ、なかなかホラーな光景になっていた。
「……おいおい」
思わずつぶやく。
「あ、レオンハルトさん。こっち、多分夜目レンズ、完成しそうです」
顔を上げたミレイユの瞳は真っ赤に充血していた。
「……今度は目か」
「細かい作業しすぎて、目が痛いです」
「だろうな。レシピらしきものも持ってきたし……休憩だ」
レオンハルトは微笑み、ミレイユはほっと息をこぼした。




