71 樹海にて、規格外の剣が道を拓く
狼肉のバーベキュー大会は、束の間の休息だった。
ダリウスには必要な睡眠玉を渡し、ついでに試作した月影狼の光闇属性の魔石も手渡しておく。
「おや……その額の傷、怪我をしたのかい?」
心配そうに目を細めるダリウス。
「魔石の相性を探していたら、ちょっと……。師匠は防護道具を使ってなかったみたいで」
「……ああ、アリエルは飛んできた石を素手でキャッチして、そのまま粉々にしてたからね」
さらっと恐ろしいことを言われ、レオンハルトは絶句する。
防御魔法じゃなかった。もっと規格外だった。
「でも、そんなのはアリエルだからできたことだ。お前は気をつけなさい」
ダリウスはそう言って、ミレイユの傷にそっと触れた。
「毛皮が乾燥したら防具に加工します。あと、目玉は……暗視効果があるみたいなので試してみようかと」
ミレイユは今後の計画を語り、ついでに魔導炉制圧に必要なアイテムについて尋ねてみる。
「これから素材を取りに樹海に入るつもりだ。採取できた素材を見てから考えることもできるが……」
ダリウスは少し考え込み、
「やはり防御と、相手の魔法を制御する力がほしいね」
「睡眠玉は……?」
「対抗できる魔術師がみんなに浄化魔法を使ったら終わりだ。ここにいる連中は皆、一流の物理攻撃ができるが……火も水も飛んでくるとなると進めない」
「魔法制御……ですか」
ミレイユは夜にでも四階の木箱を調べると心に決める。
そして、自分も素材採取に同行させてほしいと頼んだ。
「現地で解体すれば荷物も減りますし、新鮮なうちに使えますから、わたしも...」
だが――
「魔物避けは使わない。だからミレイユはダメだ。額の傷で済むとは限らない」
父親のように厳しく、ダリウスは首を横に振った。
レオンハルトの時は強情なのに、なぜかダリウスには素直に「わかりました」と引き下がるミレイユ。
(おい、こらミレイユ。後で反省会だからな)
心の中でそう呟きつつも、正直ほっとするレオンハルトだった。
――――
出陣。
先頭はダリウス、後方にレオンハルト。左右を元々いた部隊員が道を逸らさないように固める布陣だ。
拠点の近くを流れる山の水流は水属性魔物の巣窟だった。
「小物は自分たちで払え。大型には眠り玉を試してみろ」
そう言い終わるより早く、ダリウスは目の前の巨大ワニを瞬時に輪切りにしていた。
――へっ!?
水飛沫とともにバラバラになって落ちるワニ。
どう見ても大型だろ、それ。
「レオンハルト、後ろだ!!」
振り向いた先から飛び出してきたのは、真っ白なライオン――いや、霧で形作られたような魔物。
青い眼と白いたてがみを揺らし、実態は掴めない。
「フォグリオン(霧の獅子)だ!」
ダリウスが叫ぶ。
――待て、それミレイユの師匠が「体洗うのに便利」とか言って首根っこ捕まえてたやつじゃなかったか!?
どうやって掴んでんだよ前部隊長!
風魔石強化×15倍で斬りつけると、霧が弾けてシャワーのように浴びせられる。
びしょ濡れになりながらも体勢を整えるレオンハルト。
その間にも魚のような魔物が次々襲来する。
眠り玉で沈黙させ、とどめを刺す。
だが――
山側から現れたのは、三メートル級の甲殻魔物。
カニの化け物だ。
眠り玉は効かない。
鋭いハサミに、口から吐き出す紫色の毒泡。
部隊員が次々と倒れていく。
解毒薬とポーションでかろうじて復帰するが、このままでは――撤退か?
「レオンハルト……」
「はい! 総司令官!」
思わず敬礼。
「今夜は――カニだな」
「へっ!?」
「弱点は目だ! いくぞ!」
「お、おう!!」
二人同時に剣を突き立てる。
ハサミが振り下ろされるまであと五センチ。必死に刃を押し込み、甲殻魔物の目を貫く。
体勢を崩した巨体に、ダリウスが畳みかける。
「氷結!斬!」
凍りついたカニはそのまま絶命。
(いや、それ魔剣だろ……)
「ダリウス、その剣……」
「いいだろう。アリエルが俺のために作った、俺だけの剣だ」
愛おしそうに剣を撫でるダリウス。
(はいはい、ごちそうさまです)
レオンハルトはそれ以上何も言えなかった。
「しかし、すごい量の魔物ですね……どうやって持って帰るんです?」
カイルが呆れたように呟く。
レオンハルトは苦笑するしかなかった。




