69 月影狼と光闇の魔石
レオンハルトが昨夜狩った月影狼の肉を拠点に持ち帰っているころ、ミレイユはようやく目を覚した。
「ふぅ……少し疲れが取れたかな」
頭の中に、いろんな出来事がぐるぐると回る。
「師匠、早く帰ってきてよ……伝えたいこと、いっぱいあるんだから」
アドリアンさんやダリウスさんが、命をかけてクーデターを起こしてでも師匠を取り戻そうとしている。
アドリアンさんなんて、一度は貴族だからと師匠と縁を切ったのに、また戻ってきてくれたのだ。
師匠……会いたい。みんな、師匠に会いたがってるんだよ……。
そんなことを考えると、胸がぎゅっとなって、泣きそうになる。
レオンハルトさんは甘やかしてくれるけど、今の錬金術師は私だけ。頑張らないと。
――
錬金術を師匠から学んで長いけれど、それでもまだ見たことのない素材や体験していない現象は多い。
昨夜の出来事は、まさにその典型だった。
初めて見たスタンピードの恐ろしさは、想像を軽く超えていた。
遠くにいたはずの狼が、目の前の水辺から塔まで、あっという間に到達する。
そして、その数と速さ……ただただ息をのむしかなかった。
——あれに巻き込まれたら、錬金物を使っても助からなかっただろう。
自然の脅威を、初めて身をもって体感する。
「満月って……やっぱり怖いのね」
でも、考え方を変えれば、精霊の恩恵も同時に受けられる。
あの光の精霊は、錬金術の世界でもおとぎ話扱いされるほどレアな存在。
光の羽は治癒効果が高いと有名だけど、レアすぎて使っていいのか迷ってしまう。
そして、普段の素材も魔力が増しているので、満月の効果は絶大だ。
机上の理論では到底想定できない数々。
無事で本当に良かった……運がよかっただけだろうけど。
ミレイユはそっと息をつき、素材に手を伸ばす。
「いただいた命……ありがたく、使わせてもらおう」
月影狼の扱いは初めてだ。
満月限定で、今回のように集団で駆け抜けると、素材を取る前にやられてしまうこともある。
そもそもスタンピード自体、樹海のような環境でしか遭遇しない。
魔核を鑑定すると、珍しい光と闇の二属性。
満月の光の下で、闇に潜む狼たちが走るせいだろうか。
でも……正反対の性質なのに魔核の中で喧嘩しないのは不思議だ。
光属性の石に入れ込み加工しようとすると、中の闇が暴れて石が吹っ飛んでいく。
闇属性の石に入れれば中の光が暴れて、いたっ!ミレイユに目掛けて吹っ飛んできて額を切ってしまった。
うーん、暴れん坊だ。困ったな……。
「いっそ、《ルクフィア》と《ノクフィア》を粉末にして混ぜちゃおうか」
ルクフィアは光属性の石、ノクフィアは闇属性の石。どちらも魔石を加工するための石だ。
二つを細かく削って混ぜ、光闇属性の月影狼の魔核も加える。
そこに昨夜取った月露の水を足して、ミレイユの魔力を注ぐ。
「固まれ……!」
意外にも、今度は素材同士は喧嘩せず、ふわっと光を帯びて完成した。
光と闇の両属性魔石。鑑定すると、光と闇の攻撃を吸収できる優れものだ。
——でも、光と闇両方で攻撃してくる相手って……魔物にはいなさそうだな。
魔術師相手なら役立つかもしれないけど。
「む……こんなことに時間を使ってたら、怒られそう」
新しい素材は、つい手を出したくなるけど。
毛皮と目玉は、乾燥するまで使えないので、とりあえず樹海の魔物を倒すための睡眠玉を大量に作ることにする。
昨夜頑張って集めた月露草と眠り苔を手早く処理し、魔物蜂の針を練り込む。小さな爆弾型に整え、魔力を流し込む。
「よし……これで次の戦いも、少しは楽になるはず!」




