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《完結》錬金術師の一番弟子は国から追われる  作者: かんあずき


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67 魅了の魔女、王妃となる

王妃マーガレットは、魔力依存のある葉巻を王に渡していた。

その葉巻は吸った者の精神に作用し、心にある疑念や感情を大きく膨れ上がらせる。


王が今見ている自身の感情も、そのせいだ。

もともと心にあった些細な疑念が、ただ増幅されただけ。


「妻は弟と不倫しているのではないか?」と疑えば、やがて本当にそう見える。

「息子は弟に似ている」と思えば、「息子は弟の子だ」という確信に変わっていく。


もともと疑い深い王だった。だからこそ、作用を受けやすかった。そして、見栄っ張りだった。


王が私に夢中なのは愛ではない。

“自分に相応しい飾り物”を選ぶような感覚にすぎない。


王にとって私は、見栄えが良い、唯一無二の“最高のアクセサリー”だった。


ふっと、私は笑う。隣にいる王は、わたしが一緒に葉巻を嗜んでいると思っている。だが、


――残念ながら、この葉巻は魔力の強い私にはほとんど効かない



かつて私は、国に“買われた”魔術師だった。


没落した男爵家に生まれ、美しいが魔力が高いそれだけの娘。

父は博打に溺れて借金を抱え、母は一度も働いたことのない男爵令嬢。


貴族の娘を娼館に売るのは体裁が悪い。

だから「魔力を持つ娘を国が買い取る」という話に、両親は飛びついた。


――私は、父母に売られたのだ。


だが、国の期待には応えられなかった。


私が高かったのは魔力量だけ。

兵を守る攻撃魔法も、防御も使えない。

樹海の守護者にもなれない。


私の適性は“人の精神に干渉する力”。

魅了や惑乱に秀でていたが、それは国の望むものではなかった。


同じ魔術師や強い魔力を持つ者には効かない。

結果、私は「魔力だけ高い落ちこぼれ」と呼ばれるようになった。



だが――それは私自身を成り上がらせる武器には十分だった。


視察に来た貴族が「自分のものにしたい」と騒いだのをきっかけに、私は貴族の愛人となった。

魔術師団から持て余されていた私は、誰にも惜しまれなかった。


やがて、その貴族は死んだ。

少し興奮作用のある葉巻を吸わせ、行為に及ぼうとしただけ。

そのまま絶命したのだ。


世間体を気にした遺族から、私は多額の口止め料を受け取った。


その金を元手に美と知性を磨き、魅了を込めた香や葉巻を作り、有力貴族やこれから有望となりそうな人材を次々と絡め取っていった。


拒む者も、よほど魔力や精神力が強くなければ、やがては私に溺れた。


かつて落ちこぼれと呼ばれた私など、もう存在しなかった。



さらに私は上を求めた。


認識阻害で身分を隠し、社交界に潜り込む。

没落貴族の娘という過去は、誰の記憶からも霧散していった。


意外にも、王はあっさりと私に落ちた。

魔力は低くなかったが、精神があまりに脆かった。


自己肯定感が致命的に低い者は、幻影にすぐ囚われる。

精神魔法に最もかかりやすい人種だった。


……少し哀れかもしれない。

私に出会わなければ、ただの平凡な王でいられただろうに。



だが、私はただの愛人では終わらない。


王にねだり、有力貴族の後ろ盾もあり、実家を伯爵家にまで引き上げてもらった。

かつて私を売った父母は、誇らしげに私を見た。


――親の愛情など、所詮その程度のもの。


今や私は、事実上の王妃だった。


ただ一人、公爵セドリックだけは私に敵意を隠さなかった。

私の魅了が効かない。


魔力が強いのか、防御具を持っているのか。

最初から私を鼻にもかけず、言葉を交わそうともしない。


……実に厄介な男だ。



そんな時、王から提案があった。

「妻と息子を消したい」と。


私は毒薬を渡し、罪を料理人に着せるよう助言した。

そして――愚王は本当に正妃を殺し、私に求婚した。


私は容易く“王妃”の地位を手に入れた。

反対する貴族は一人もいなかった。


ただ、息子は生き延びた。

魔力過多のため表舞台に出てこなかったのだ。


やはり王家は、強い魔力の血筋なのだろう。

だからこそ、公爵セドリックには私の魅了が通じないのだ。



本当は王の子を産めばいい。

だが――妊娠すれば、どれほど魅了や認識阻害をかけても隠しようがない。

腹のふくらみは、触ってしまえばばれてしまう。精神作用の魔法では覆い隠せない“現実”だからだ。


さらに子を宿せば、他の男と関係を持つことも難しくなる。

体を美しく保ち続けるのも至難の業だ。


だから私は避妊薬を飲み続けている。


王は「息子を始末したい」と言った。

だが、表に出てきたら――私が落とせばいい。


その時には、この王こそが邪魔になっているだろう。


私はほくそ笑んだ。






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