63 今だけは――抱きしめ合う二人の秘密
レオンハルトとミレイユは塔に戻った。
そこは何も変わらない風景。
でも、自分たちは色々ありすぎた。
二人の心は張り詰めた糸のように限界を迎えていた。
まずミレイユのフォローをしないと....
まずレオンハルトさんに師匠のこと話さないと...
そう思っているのに、言葉よりも先に、互いの唇が重なり合う。
最初は、お互いがギクシャクしてしまったことで、おそるおそる確かめるように、唇を重ねる。
だがそれはすぐに激しさを増し、我慢できなくなった。
「……レオンハルト...さん」
「……ミレイユ」
名前を呼ぶ声さえ、お互いが次の口づけを求めあった。
唇を重ねるたび、熱が増し、深く絡みあっていく
互いの息もあがり、吐息が混ざり、それでも求め合う。
レオンハルトの手が、そっとミレイユの頬から耳元へ、そして、首筋に唇と指先がふれる。
ミレイユがびくりと震える。
「怖いかな?大丈夫?」
やっと唇を離したレオンハルトから聞かれ、首を振り、再び今度はミレイユが唇を求めていく。
そのまま指先は髪を通り抜け、背中へ回されていき、お互いが強く抱きしめあった。
色々ありすぎたせいだろうか?
全てが終わってからもう一度口説き直そうとか、
同年代に心惹かれるんじゃないかとか
彼女のことを考えたらこれ以上はいけないとか
頭では理解しているのに。
彼女はまだ俺よりもかなり若いんだから。
そう自分に言い聞かせる。
だが、この国の18歳は、すでに適齢期に入り始める時期ではあった。
このまま本当に自分の婚約者にしてしまいたい。
「……っ」
強い欲求が理性を超えてしまう。
次の時間があるかなんて分からない。
だからこそ、今だけは。
気づけば二人は、二階の小さなベッドへ倒れ込んでいた。
ベットそばの小さな魔石ランプが重なり合う影を作り、吐息とお互いの胸の音が響いていた。
ーーー
お互い抱きしめ合ったまましばらく過ごし、ミレイユはレオンハルトに日記の存在を告げた。
「ごめん……本当は、君のことを一番に聞いてあげないといけなかったのに。あの時厳しく君に伝えてしまった」
レオンハルトは彼女の額にキスを落とす。
「でも、言ったことは取り消さないよ。君はアリエルさんの傷を背負うんじゃなく、みんなにアリエルさんとは違う生き方をしてほしいと愛されて育ったんだ。だから、君の良さを伸ばしてほしい」
そう言って彼はゆっくりと起き上がり、ミレイユから離れる。
消えてしまった温もりに胸が締めつけられる。
服を整えながら、彼は言った。
「少し休んでいて。俺は木箱の中身を準備するから」
――アリエルがライナルに捕らえられた理由は何だろう。
レオンハルトは疑問に感じた。相当な力がある彼女が、魔術師団長に遅れをとるとは考えにくい。
脅されたのか、騙されたのか。
きっとダリウスも同じ疑念を抱いているはずだ。
木箱を抱え階下に向かうと、ミレイユも三階で素材を広げ始めていた。
「大丈夫か? 俺に手伝えることがあれば言ってくれ」
「眠さと戦わなきゃいけないので……コーヒーが飲みたいです」
ミレイユは微笑んだ。
――うっ、それを言われると弱い。
休ませるつもりだったのに、お互いの気持ちを確かめる時間にしてしまった。
「わかった」
レオンハルトも笑い返し、二階のコンロに火を入れる。
コーヒーの香りと、ミレイユの残した香りが、夜の空気に混ざり合っていった。




