62 私を育ててくれたのは、父でなく二人の英雄だった
それぞれ隊員が落ち着けるように部屋が用意された。
カイルは最終的に、ダリウスの指示に従うと答えた。
「じゃあ、責任を持って俺が見張っておこう」
そう言って、ダリウスはカイルの足にチェーンを巻きつけ、カチリと錠を下ろす。
冷たい金属の感触に、カイルの背筋が震えた。
「安心しろ。アリエルもミレイユも物騒な物をよく作るが、これは攻撃性の低い《居場所探知》用だ。俺が意図しない限り体が吹っ飛ぶことはない……なんてな」
「(どっちなんだよ!!)」
心の中でツッコんだのはカイルだけではなく、その場にいた全員だった。微妙な汗が滲む。
「とにかく俺の目の届くところで過ごしてもらう。……ミレイユ、君は塔に戻って攻撃用、睡眠用、防御用、そういう道具をいくつか作ってくれないか」
「わかりました」
ダリウスはふと何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、アリエルはここにあった資料を全部持ち出していただろう」
「はい。あれはどうして?」
「彼女なりの考えだったんだ。魔物討伐の記録や魔導炉の資料がなければ、誰も樹海で魔物を狩れないし、魔導炉も作れない。そうすれば、討伐に駆り出される人間には鈴も渡してるし、逃げて済むと……そう思ったんだろう」
ダリウスは小さく笑った。だが、その笑みはどこか切なげだ。
「けれど彼女は分かっていなかった。資料がなくても、丸腰で討伐に行かされることや、任務放棄で処刑される残酷さを。……自身が強すぎるがゆえに、そこまで想像が及ばなかったんだ」
「…………」
「だから、あれはこれからの活動に大切な資料だ。レオンハルト、君も塔に行って持ち帰ってくれ」
「はい」
レオンハルトとミレイユが頷く。
その後、ダリウスと宰相アドリアンがミレイユのそばに近づいた。
――三人が揃ったのは、これが初めてだった。
「大きくなったものだな。あの子が」
アドリアンは懐かしそうに目を細める。
「……あの。師匠の日記を読んで、アドリアンさんのことを知りました」
「日記に? ほう、何と書かれていた?」
「師匠は、ダリウスさんとアドリアンさんのことが大好きだったと。……アドリアンさんからもらった金貨で私を買ってしまったこと、色々助けてもらったこと。やがてアドリアンさんが去ってしまったことを、理解できるようになったこと。たくさん、です」
ミレイユの目から涙が溢れた。
「もう直接言えないかもしれないから……。本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
ダリウスとアドリアンは、優しく彼女の肩に手を置いた。
「君が温かい心を持った人間に育ってくれて、本当に良かった。……なんだか、私たちは君の父親のような気持ちでいたのかもしれない」
アドリアンは少し潤んだ瞳でそう言い、次の瞬間、レオンハルトに冷たい視線を投げる。
「だからこそ、君はまだ若い。今は一人に決めず、もっと色んな人と出会いなさい。まったく、ダリウスは……」
「何を言うんだ。レオンハルトは若い頃の俺によく似ているだろう」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「さて、私は戻ろう。昔、ここでアリエルと共に三人で過ごした頃、彼女が塔へ行くための指輪と、この拠点へ来るためのブレスレットを作ってくれてね。……まさか、今でも使えるとは思わなかった」
アドリアンは自分の手首のブレスレットを撫でる。
「ミレイユ。私は君の生き方を決めてやることはできない。クーデターが成功しても、失敗しても……私たちは別の場所で生きていくことになる。これで本当に、お別れだ」
「……はい」
貴族で宰相のアドリアンと、平民の自分。
立場の違いが、もう二度と会話を許さないのだろう。
アドリアンは部屋へと消えていった。
「……ありがとうございました、アドリアンさん」
――もし師匠がここにいたなら。四人で笑い合えたなら。
そう思うと、ミレイユの胸は切なさでいっぱいになった。




