57 裏切りの錬金物
レオンハルトは、悔しそうに唇を噛むミレイユを見て――失敗した、と胸の奥で苦く思った。
だが、今は私情を挟んでいる場合じゃない。
「……話を変えよう。今後、外に出て探索が必要になる。そのための道具を君に作ってほしい」
「道具……ですか?」
「今回異動になった元第一騎士団の連中は、それなりに腕は立つ。だが狩れるのはせいぜい中型までだ。元からいた者たちは……素人同然。今まで前部隊長の元、外に出ていた部隊は今までの錬金物がだんだん効かなくなったんだそうだ。そのまま魔物にやられた」
「……効かない?」
ミレイユの目が大きく見開かれる。
「ああ。ポーションしか残ってなかったが、君のものとは色も効果も違った」
彼女は少し考え込むと、小さく息を吐いた。
「……そのポーション、見せてもらえますか?」
「いいだろう」
二人で戻る道中、言葉はなかった。
(ダリウスと前部隊長は、こんな行き違いをどうやって解決してたんだ……)
どう言ってやればよかった?
本当なら、あの塔で一緒にいた時みたいに彼女を正面から受け止めてやりたいのに。
ちらりと横を見れば、悔しそうだった顔は今や沈んだ影を落としている。
――それをさせたのは、俺だ。
もし今、他の隊員が彼女に優しい言葉をかけたら……多分、俺は耐えられない。
皆が待つテーブルに戻ると、配給の在庫に残されていたという小瓶をミレイユに渡した。
「拝見します」
彼女は瓶を光にかざし、匂いを嗅ぎ、魔力を流し込む。さらに水を一滴加えては、じっと観察している。
やがて顔を上げ、静かに言った。
「……これは師匠の作ったポーションではありません。まず色。これがポーションの色と違うのは“幻覚草”を使っているからです。痛みを麻痺させる効果は強いですが、傷自体は治らない。致命傷のまま動けば……命取りになります」
「……なるほど」
「それに、中に込められている魔力も違います。私が魔力を注いでも弾かれました。師匠と私は同じ術式なので、本来なら魔力は弾かれません。錬金術師はそれぞれ、自分の術式があって、他の人の術式の錬金物を変えられないのです。つまり、これは別の錬金術師のものです」
「誰が作ったかまで分かるか?」
「残念ですが、この魔力は知りません。王都の錬金術師の店の商品は一通り調べていますから。材料の組み合わせや術式は互いに言える部分に関しては情報を共有して切磋琢磨しています。そして、お互いの商品をしっかり勉強するので、魔力をみればどこの店かはわかります。でも、これは――その中にはありません」
ミレイユは目を閉じ、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「……これは、治すのではなく、傷があっても動けるようにすることを目的としたものです。……これが、師匠のポーションとすり替えられたなら強い悪意を感じます」
その声に反応したのか――カイルが身じろぎした。
口を塞がれているはずなのに、何か言いたそうにこちらを見ている。
「……口の布を取ってやれ」
レオンハルトの命に、兵が慌てて口布を外した。
「なんだ、カイル?」
ただでさえ不安定なミレイユの前で、何を言うつもりだ。
――場合によっては、俺が手を下す。
「し……んじるかどうかは……ま、魔術師……団の……ライナル、だ……」
その名を口にした瞬間、ミレイユの表情が凍りついた。
「魔術師団長……ライナル、ですか?」
カイルは、血の気の引いた顔のまま――目の奥で、かすかに笑った。




