54 師匠の娘、部隊に降臨す
レオンハルトがどれだけ鍛え上げても、俺の腕で抱えられる荷物には限界がある。
「氷属性の山に行ければ、軽くできる錬金物くらい作れますよ。……まあ、風の符合素材があればですけど」
「霊峰山にあるかもしれんが、今はそんな余裕ないだろ」
そう言いながら腕まくりして荷物を持ち上げてみる。
……重い。やっぱり重い。
ミレイユならどれだけでも抱き上げるけどな。
「……往復だな、これ」
だが荷物よりも深刻な問題がある。ミレイユの服だ。
カイルが選んだ服で人前に出すとか、腹が立つ。
カイルの前に出すとか……殺意が湧くレベルで腹が立つ。
……仕方ないけど。仕方ない。いや仕方ないんだけどな!?
「よし、行くぞ。何かあったら我慢しないこと」
「はい!」
素直に頷くミレイユを抱き上げ、荷物ごと指輪をはめた。
―――
転移した先の樹海防衛部隊。
兵たちは、しなしなになったジャガイモを囲んで葬式みたいな空気を漂わせていた。
そこに――ふわりと揺れるピンクブロンド。
長いまつ毛に、人形みたいな顔立ち。
そんな少女(俺から見て最大級に可愛い)が現れたらどうなるか?
……答えは簡単。兵士たちの吊り橋は一瞬で崩壊する。
みんな顔がほわーっとなり、表情が溶けそうになる。
「はじめまして。アリエル前部隊長の娘、ミレイユです。わたしの錬金物がお役に立つと聞いて持ってきました!」
にっこり笑って、ゆでジャガイモの横にぞろぞろ並ぶ高級品。
――ハイポーション(給料三ヶ月分)
――ポーション
――眠り玉
――解毒剤
――魔物よけの鈴
――万能包帯
その他、見たこともない錬金物まで机に並んでいく。
ん??
兵士「…………」
全員、目が点。まあ、そりゃそうだ。
「それと、この間倒したヘルカーンの燻製肉も! ジャガイモには付け合わせがいりますよね。今日のところはこれで許してください。これからは倒したら毎日バーベキューしましょう!」
……え? ヘルカーン倒した???
元・第一騎士団組は「ポカーン」。
逆に古参兵四人は感極まって涙ぐんでいた。
「アリエル部隊長が帰ってきた……!」
「毎日、魔鳥捕まえてきて『今日はフライドチキン!』とか言ってたよな」
「ヘルカーン担いで解体してたよな」
「フォグリオン(霧の獅子)生け捕りにして、首掴んでシャワー浴びてたよな」
……おい。そんな人外エピソードを当たり前に言うな。
完全にドン引きする俺をよそに、ミレイユは無邪気に首を傾げた。
「なるほど! フォグリオン(霧の獅子)を飼い慣らせばいいんですね! 魅了の道具かな? そしたらお風呂いらないし、解体して食べられるし、一石二鳥ですよね!」
兵士たち「…………」
はい、全員の顔色が青ざめた。
さっきまでの葬式ムードは一瞬だけ天国になり、今は――処刑場だ。
―――
ミレイユは、みんながドン引きしていることを分かっていた。
それでも、師匠を懐かしむ兵たちの様子を見て確信する。
(……やっぱり、師匠はそうだったんだ)
にっこり笑いながらも、胸の奥は苦しかった。
日記に書かれていた、周囲との感覚のズレに悩んでいた師匠の気持ちが痛いほど分かったから。
――師匠、戻るまで師匠の代わりを勤めます。だって私は、あなたの娘ですから。
その時だった。
縄でぐるぐる巻きにされ、口に布を詰められたカイルが、もぞりと動いた。
周囲に緊張が走る。
レオンハルトは思わず、ミレイユをカイルの目に入らないように隠そうとした。
だが――ミレイユがそれを押しとどめる。
彼女はカバンから長い金属のチェーンを取り出した。
「これから、色々聞き取るんですよね? それ、師匠の代わりにお手伝いしてはダメですか?」
その声は低く、鋭かった。思わずレオンハルトもたじろぐ。
「師匠アリエルは、決まった人にしか心を許さなかったそうです。生きる兵器と呼ばれていた、とか。……せっかくです。娘のわたしが、その半分でも体験させてあげましょうか?」
そう言うと、ミレイユは迷いなくカイルにチェーンを巻きつけた。
「レオンハルトさんにしたことは、ちゃんとお返しします。もちろん死なせませんよ。……死にたくてもね」
無表情に見下ろすミレイユの顔に、兵士たちは息をのんだ。




