53 万能包帯では止められないもの
レオンハルトは仲間に背を向けて、指輪をみんなに見られないように、そっと取りつけた。
――これが転移用のポートだなんて、知られない方がいいだろう
だが、この壕の中にいるものが、自由に外に出られ、物資も手に入れることが出来るという“安心感”くらいは、みんなに与えておきたい。
長すぎる一日が、ようやく終わろうとしていた。
塔の扉を押し開けると、気配が走る。……四階か!
「ミレイユ!」
その声に、ミレイユが階段を駆け降りてくる。
次の瞬間、二人は抱きしめ合っていた。
レオンハルトは張りつめていた緊張から解放されて。
ミレイユは真実を知った不安から。
だからこそ、互いに安心を貪るように、強く、強く抱きしめ合った。
時間が止まったかのように、二人はそのまま動けなかった。
――やっぱり俺はミレイユが好きだ。
――ずっとそばにいてほしい。
それぞれの胸に、はっきりとした想いが刻まれる。
だがそこで、ミレイユの目に映ったのは――レオンハルトの背に広がる血だった。
「す、すごい血じゃないですか!? ちょっと、見せてください!」
慌てて服をめくろうとするミレイユに、レオンハルトは苦笑を浮かべる。
「ああ、色々あったけど……君のおかげで助かった」
そう言いながら、ダリウスとのやり取りも含め、現状を語った。
「ぶ、無事でよかった……」
ミレイユは力が抜ける。
だが、レオンハルトは続けた。
「ただ……君がくれた万能包帯じゃ、血は止まらなかったんだ。せっかくのものを、無駄にしてしまった」
「……それは」
ミレイユは顔を真っ赤に染める。
「万能包帯は、傷を塞ぐのには向いてますけど……出血は止められないんです」
(……な、なんで最初にハイポーションを使わなかったんですか……!ああ!)
ミレイユが気づいてさらに赤くなる横で、レオンハルトはきょとんとした顔。
「でも前に、もっと深い傷でも万能包帯で治っただろ? だから……」
「あ、あの……」
観念したミレイユは、恥ずかしさに震えながら打ち明ける。
「実は……あの時、意識がなかったから……口移しでハイポーションを飲ませました」
「…………」
レオンハルトは固まった。
自分の唇に手を当て、驚愕に目を見開く。
「……え?」
「ひ、必死だったんです! 同意がなかったことは謝ります!で、でもあのままだと死んでたし、わ、私だってファーストキスだったし……そ、その……許して……」
しどろもどろに言う彼女を、レオンハルトは静かに見つめた。
そして、低く囁く。
「――やり直させて」
「へ?」
「もし、この先……君の気持ちが変わったとしても。俺は君が好きだ。全部終わったら、ちゃんと口説きに行く。その時、振ってくれても構わない」
レオンハルトの眼差しは真剣だった。
「だけど今……許してくれるなら、そのファーストキス、やり直したい」
そう言ってミレイユに顔を寄せる。吐息が触れる距離。
ミレイユは拒まないことを確認する。むしろ、震えるように目を閉じた。それを見てレオンハルトはほっとする。
柔らかな感触が、そっと重なる。
最初は触れるだけ――のはずだった。
だが、レオンハルトの唇は深くそのまま、ミレイユに逃げ道を与えなかった。
「……んっ……」
思わず漏れた声に、ミレイユはさらに赤面する。
けれどレオンハルトは角度を変え、そのまま、深く続けていく。
お互いが、お互いを求め、熱が混ざる
お互いの吐息が漏れ、
息を奪われても、より求め深く。
――だめ、苦しい……でも……いやじゃない。
足が震えて力が入らないのに、狭い階段で壁とレオンハルトにより、体は支えられている
だが、彼の指が頬に触れ、ミレイユを求め、首筋をかすめるたびに力が抜けそうになる。
「……ミレイユ……」
低い色っぽいレオンハルトの声にぞくっとして、思考が真っ白になる。
そうして、ようやく唇が離れる。
ミレイユは肩で息をしながら、ガクガク震える足を支えるようにレオンハルトにしがみつく。
「……ごめん。止まらなかった」
レオンハルトの声もかすれる。
「……」
ミレイユは頬を真っ赤にして、しがみつくしかできなかった。
だが、彼は再び顎を持ち上げ、唇を重ねる。
だが、今度は短く、けれど名残惜しそうに。
味わうように。
「これから君を拠点に連れていく。……みんなの前じゃできないし、本当は君を見せたくもない」
レオンハルトは囁くように言った。
「だから――その前に、もう一回」
ミレイユは小さく震えながらも、こくんと頷く。
二人は再び唇を重ねた。
先ほどよりもさらに甘く、深く、何度も。
ただ互いの想いを確かめ合うように――終わりを知らない口づけを交わした。




