5 預かり証が呼び寄せたトラブル
レオンハルトは、あの時ダリウスから妙なお願いをされたことを思い出していた。
「俺さ、こういう立場だろ? いつ何があってもおかしくないんだよ」
「……まあ、総司令官ですからね」
「で、実は、恋人にプロポーズする指輪はもう買って預けてある。もし俺に何かあったら、代わりに取りに行って渡してくれ」
「いや、普通に彼女に言えばいいじゃないですか?」
「お前、わかってないなあ。そんなの言ったらサプライズ台無しだろ。ネタバレだよ」
「何かあったときに指輪だけ残されるほうが嫌でしょうよ」
くだらない押し問答の末――
「見合いしないならこれが預かり証だ」
そう言って、紙を無理やり押し付けられた。
……強引すぎる。
しかも貴金属なんて預かりたくない。
でも上司命令は絶対だ。
――さて、これ、本当に取りに行くべきなのか?
恋人は一緒に姿を消したし、指輪も持っていったんじゃないか?
……でも、もし残っていたら?
いや、残っていても渡す相手はもういないだろう。
まずは店に確認するしかない。
紙の封を開けて店の名前を見ると、思わず首をかしげた。
「……魔道具店?」
宝石屋じゃないのか。
ああ、そういえば彼女は錬金術師だったな。
普通の宝石じゃ満足できなかったのかもしれない。
騎士団でも魔道具はよく使う。攻撃、防御、生活用まで幅広く。
ただ、魔道具に加工するのが錬金術師じゃなかったか?
そこで買った指輪.....?
……もしこれが彼女の手作りだったら――
「君が作った指輪を君にプレゼント?」
まさか、開けた瞬間爆発したりしないよな?
ダリウス失踪中ということもあり、少し不安がよぎる。
――
店は飲み屋街の薄暗い脇道にあった。
夜になると騎士や労働者が騒ぎ出し、客引きが声をかけてくる。
路地裏は壁に落書きが多く、時折、薄汚れた猫がこっそり歩いていた。
看板はもちろん出ていない。
「総司令官、ここで指輪を買うなんて間違ってますよ……」
レオンハルトはため息をつく。
普段はこういう場所に来ない。
騎士団でも実力はもちろんのこと、顔が良いことでも知られている。
女性に困ってないのもある。
今まで、男女問わず何度も絡まれたし、既成事実をつくられそうになったり、とにかく面倒なことに巻き込まれたことが多すぎて、関わり合いになりたくないのだ。
細い路地に入ると、香水臭い客引き女性に追いかけられる。
――
ようやく店の扉を開ける。
中は薄暗く、壁に剣や槍が乱雑に掛けられている。
カウンターの後ろにいる店主は、大きくて無骨な男。
髭は剛毛で、髪もボサボサ。
眉間には深い皺が刻まれている。
「すまない、ここは魔道具店だよな?」
「そうだ。武器も売ってるが、付与は錬金術師に頼む」
レオンハルトは聞いたことがあった。
この裏路地の武器屋は、客の注文に合わせて属性を付与することで有名だ。
ただし、一見お断りで値段も高い。
ダリウスがなぜここで指輪を買ったのか、ますます謎が深まる。
――
「これ、預かってるって聞いたんだが」
預かり証を見せると、店主は無言で奥へ引っ込んだ。
沈黙が長く続き、不安になる。
戻ってきた店主は、指輪と魔獣の黒革のケースに入った短剣を抱えていた。
「これを娘に渡せって頼まれている」
「娘……?」
レオンハルトは目を見開く。
恋人に指輪を代わりに渡すんじゃないのか?
話が違うじゃないか。
――
さらに店の奥から、美しい黒鞘の剣も出てきた。
「お前のはこれだな。外に出たら、これを買ったフリをしろ。金はダリウスから預かってる。お前の剣よりも上等だ。怪しまれるなよ」
「いや、俺は何に巻き込まれてるんだ?」
短剣と指輪は服の中に隠し、渡された剣を手に店を出る。
尾行されている気配はなかった。
ただし、店の外には依然として客引きが待ち構えている。
この武器屋は、裏路地でも比較的まともな方らしい。
俺が利用しても怪しまれなさそうだ。
――
レオンハルトは自然に装いながら歩き、騎士団の宿舎に戻った。