49 公爵家次男の一途な溺愛
アリエルの日記には、毎日ミレイユと格闘する育児の記録がびっしりと書かれていた。
「アリエル、子供を買ったってどういうことだ」
ダリウスとアドリアンが、当然のようにアリエルに詰め寄る。
アリエルは、毎日あっという間に野菜ができる錬金物はないか研究していたがうまくいかない。
副産物で栄養価の高い土ばかりできるので、アドリアンから学んだ地図を見ては、農作物の育ちが悪い地域に勝手にその副産物を配っていたのだった。
だが、少し人らしくなったと思って、様子を見たらなぜ子供を連れて帰る?
アリエルは首をかしげて、当たり前のように答えた。
「この子、魔力そこそこある。教えれば錬金術できる」
「いやいや! 子供を育てるっていうのは、錬金術を教えるのと別問題だろう!」
慌てるアドリアンに、アリエルは淡々と返す。
「わたしも、魔力あるから買ってもらって、錬金術できるようになった」
言われてみればそうだ。二人とも口をつぐんでしまう。
「……でもアリエル。お金もないのに、どうやって育てるつもりなんだ?」
「野菜、食べられる。魔物も狩ればいい」
「……食べ物だけじゃダメだよ。心は、それだけじゃ育たない」
困ったように言うダリウス。
アドリアンも真剣な声で続ける。
「それに、樹海で子供を暮らさせるのは危険だ。アリエルはともかく、その子は国に買われた子じゃない。普通に人と触れ合った方がいい」
アリエルはしばし考え込み、ぽつりと呟いた。
「……心。どうやったら育つ? 樹海の外で暮らしてもいいの?」
結局、二人で協力して、王に進言し、妥協が決まった。
アリエルは樹海防衛部隊を兼ねながら、錬金術で生計を立てることを許されたのだ。元々錬金物はすごいのだから、お店はみるみる間に大きくなった。
「心はね」
ダリウスはゆっくり言葉を選ぶ。
「君が楽しかったこと、嬉しかったことを一緒にミレイユと経験するんだ。そうすれば育つ」
「……記憶を作ればいい?」
「えっ!? まさか操作する気!? ダメだって、人の記憶はいじっちゃいけない!」
「……そういうことじゃない……?」
戸惑うアリエルに、ダリウスは手を取り、楽しいことを一緒に探してやった。
その繰り返しの中で、アリエルは突然、涙を流すようになる。
「……お父さん、お母さん、どこに行ったの?」
「みんなで畑に行くはずだった。なのに、燃えて……みんな死んじゃった」
楽しいことと一緒に、胸の奥に封じ込めていた苦しい記憶が、次々と溢れ出す。
「ミレイユもダリウスも、アドリアンも死ぬの? いやだ……ハイポーションあげるから、死なないで……」
その姿に、ダリウスはただ側に寄り添うしかなかった。
人の心を取り戻すということは、同時に――失った苦しみを取り戻すことでもあるから。
そして、関わりが深くなるほど、ダリウスの想いも深まっていった。
気づけば、もう認めざるを得ない。
この少女を――アリエルを、愛してしまっている。
「愛してる。支えたい。ずっと、そばにいる」
彼女が首を傾げるたび、繰り返し言葉を重ねた。
まだ“愛すること”の意味を知らなくてもいい。
ただ、君を大切に思う人がいるのだと、気づいてほしかった。
アリエルとミレイユの暮らす錬金術の店にも足を運んだ。
野菜の補充、壊れかけた棚の修理、夜更けに残った帳簿の整理……足りないものは、こっそりと手を貸した。
もちろん、自身の想いも隠していない。
貴族や騎士団の仲間たちにも「アリエルが好きだ」と公言していた。
最初は眉をひそめられ、噂も立った。だが、家督は兄が継ぐこともあり、縁談もすべて断り続けた。
女遊びもせず、ただ一人の少女を真っ直ぐに想い続ける公爵家の次男。
――いつしか、誰もが「ダリウスはアリエル一筋だ」と認めざるを得なくなっていた。
一方でアドリアンは距離を取った。
彼は貴族らしく政略結婚をしたばかりで、一人の女性を支えれば誤解を招く。
表立って動けない彼は、最後に経営の助言だけを残して樹海を離れる。
「経営は……まあ、なんとか形になってきた。だが、ダリウス、公爵のお前とアリエルの恋は……身分違いだ。成就しない」
何度もこれまでにも釘を刺してきたアドリアン。公爵家のダリウスと平民以下の身分のアリエルが一緒になるなんて彼の常識ではありえない。
だが、アリエルが心を取り戻すたび、ダリウスはますます彼女に囚われていく。
――そして、二人の間に深い亀裂が生まれ始めたのだった。




