45 捨て駒の隊長、壕で再会する影
レオンハルトは、とにかく動揺している隊員たちをまとめることに集中した。
――人は、やることさえあれば不安を誤魔化せる。
「みんな、来て早々で話が違うと驚いているのはわかる。俺も同じ気持ちだ」
あえて口にする。自分だけじゃないと分かれば、少しは落ち着くはずだ。
「だが、まずは情報を集めたい。ここにいた五人は、この基地内のことは把握しているか?」
「どこに何があるか、程度なら全員わかります」
答えたのは先ほど壕の入口で待っていた兵だ。
「君の名前は?」
「セリオです。偵察を担当していました」
「よし、セリオ。まず部隊長室以外でこの樹海の状況が分かる書類を全部ここへ持ってきてくれ。
それから武器になりそうな物も。錬金物の保管場所が他にはないかもみんなで調べろ……
それ以外でも気になる物があれば、何でも言ってくれ」
指示を飛ばすと、兵たちは不安を抱えつつも何人かに分かれて壕の奥へ散っていった。
とにかく“動かす”。それが今は一番大事だった。
二週間ここに籠もって生き延びた兵がいる。ということは、この穴自体が何らかの理由で守られている可能性が高い。
問題は――その後だ。
(……完全に国王に嵌められたな)
ミレイユの師匠、前部隊長アリエルと総司令官ダリウスが消え、指揮系統は崩壊。
その後、王は近衛騎士団を派遣したが、魔物相手にまるで通用しない。
そこで白羽の矢が立ったのが、身分は低いが実力のある第一騎士団――つまり俺たちだ。
そして、俺が隊長にされた理由。国王派だからと思っていたけど。
(……あれか)
今朝のユリウスの言葉が脳裏をよぎる。
《宮廷で“寵愛を受けた”と囁かれる者は、同時に排除の対象にもなる……》
最初は妬んだ貴族どもの話だと思った。だが違った。――国王本人のことだったとは。
王妃に一方的に迫られたら、若い平民出の一兵士に拒めるはずもない。
それを知っていてなお、国王は俺を“邪魔者”扱いか。
ダリウスから事情を聞いていたはずだし、俺は一応国王派だ。他に王妃の余罪は山ほどある。
それでも、王の感情は別だったらしい。
物資なし。情報なし。魔物は倒せない。
――つまり死ぬなら死ぬで構わないってことか。
(ふざけやがって……)
握りしめた拳には爪が食い込み、血が滲む。
だが、その痛みすら感じなかった。ぶつける怒りの矛先も、場所もない。
レオンハルトは無言で、部隊長室へ向かう。
といっても、部屋というより穴の窪みだ。
机とベッドだけが置かれ、引き出しには筆記用具が整然と収まっている。ひっくり返しても何も出てこない。
ベッド……いや、煎餅布団か。綿も何もほとんどない。
こんな環境で、ミレイユの師匠は毎日を過ごしていたのか。
――その時。
ふっと背後に気配を感じた。
条件反射で振り返り、戦闘体制を取ろうとした瞬間。
「……すまない、レオンハルト」
声と同時に、目の前に立っていたのはダリウス。
しかも、俺に渡した指輪と似たものを手首に光らせている。
「ここまでよく持ち堪えてくれた。ある程度、目処は立ったよ」
……え、何でダリウスがここに!?
レオンハルトの心臓が、一気に跳ね上がった。




