33 木箱の中の秘密と、僕らの距離
四階には木箱がいくつも積まれていた。
これを「機密文書」だと思って読むのと、「楽しげな樹海デートの記録」だと思って読むのとでは、気分がまるで違う。
ミレイユは、魔物の弱点が書かれた記録を手に取って目を輝かせていた。
「この後、レオンハルトさんの武器の風の魔石を加工し直そうと思ってたんですけど……こっちも読みたいです。うーっ!時間が足りません」
完全に夢中だ。
彼女が口にする錬金物は、知っているものもあるが、王都でも騎士団でも使ったことのないものも多い。使い方も意表を突くものが多く、聞いているだけで楽しい。
そんなミレイユの横顔を眺めながら書類をめくる。自然と肩や手が触れ合い、目が合えば笑い合う。
――総司令官も、きっと彼女の師匠との時間にこんなささやかな幸せを感じていたんじゃないだろうか。
大変な魔物討伐ですら、笑いと素材に変えてしまう。
もし師匠とミレイユが似たタイプなら――
「この魔物にはこの爆弾を投げれば、一発で飛び散ります!」
「この魔物はもし出会えたら、短剣を氷属性にして、氷漬けにしたあと、美味しくいただきましょう」
と、今みたいに「その魔物食うのか!」って話しながら、会話を笑顔でするに違いない。
そして、相手の意表を突いて笑わせていたに違いない。
任務で忙しい毎日でも、帰れば恋人が待っていてくれる。
そんな生活を結婚すれば送れるのだとしたら。
その彼女が28歳なら、そろそろ早く結婚して子供を――そう思うのは自然なことだ。
カイルの「女子なら誰でも!」より、むしろよほど共感できる。
ミレイユだってもう十八を過ぎている。むしろ自立しすぎているくらいだ。
彼女の師匠がどうしてもミレイユを心配するなら、浮気し
ない安定した旦那を探してやる……
そんな発想わかり過ぎてしまうな。
思わず苦笑する。
だが.....総司令官は公爵家の出だったはずだ。
父親は前の国王の子で、つまり今の国王の兄弟。
以前、公爵家の家督は兄が継ぎ、その子供もいる。だから総司令官は「結婚はしない」と言っていたけど。
でも、ミレイユの師匠は平民の錬金術師だぞ。
家督を譲ったとしても、平民を妻に迎えるなんてまず認められないんじゃないか?
彼女がミレイユの行く末を気にしていたのも、結婚が延期になっていたも、それだけじゃないよな。
きっと身分の差を考えてのことだろう。
――まあ、俺とミレイユは平民同士みたいなもんだから問題はないけど。
って、いやいやいや!何考えてんだ俺!
なんで恋を認識しただけで結婚まで想像するんだ。
でも、もし総司令官が、ミレイユを自分に重ねて「合っている」と思っていたのなら、その目は確かだ。
だって、俺なんて会って三日で完全に心を奪われてるんだから。
楽しそうに笑う彼女の横顔。肩や指が触れるたび、ふわりと香りが届くたびに胸が跳ねる。
平然を装うのは、正直、至難の業だ。
心の中で苦笑しつつ、次の木箱を開ける。
「総司令官とお師匠の……樹海デートも極まってきたな」
二箱目の中には、師匠が倒した魔物の統計や使った錬金物の一覧、そして大量の錬金レシピが詰まっていた。
だが――その中身を目にした瞬間、ミレイユの顔が少しこわばった。




