32 機密文書とポーションの山
レオンハルトは、先ほどの木箱を二階のテーブルに持って上がり、改めて明るい場所で中身を確認した。
――やっぱりだ。
魔物の特徴が書かれた部分は総司令官以外の筆跡。
一方で、この土地の形状や樹海防衛部隊と思しき拠点の詳細は、司令官本人の筆跡が残っている。
「外に出していいものじゃないな……だが、せっかくだ。利用できる情報は使わせてもらうか」
重く息を吐く。
もう戻れない場所まで来てしまった――そんな覚悟を決めるしかなかった。
こんな機密文書が個人の家にあること自体、異常だ。
だが通告すれば、確実にミレイユは拘束され、最悪共犯者扱いだろう。
……もっとも、この時点で俺もミレイユもすでに共犯みたいなものだが。
「……危険性だけでも、彼女には伝えておくか」
立ち上がり、三階へと足を向ける。
そこには――山のように積まれたポーションとハイポーションの瓶に囲まれるミレイユの姿があった。
(……あれ、なんか札束の山に見えてきたぞ)
ミレイユがこちらを振り向き、ぱっと笑顔を見せる。
「あっ、ちょうどいいところに! 昨日の魔法草と水で、ポーションと、ついでにハイポーションもいっぱい作っておきました。さすが師匠です! 材料にフェニックスの羽の粉末があったんですよ! フェニックスなんて運良く出会えなきゃ取れませんからね!」
錬金トークを楽しそうに語るミレイユ。
……いや、フェニックスに出会ってる時点で、それ運がいいんじゃなくて、だいぶ悪い方だろ。
「ところで、ミレイユ。師匠の材料の入手ルートって聞いたことあるか? フェニックスなんて普通の店じゃ売ってないだろう」
自然を装って聞くと、ミレイユはけろっと答えた。
「ああ、それは師匠が自分で倒したものだと思います」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
「そうですよ。師匠、『フェニックスは簡単に倒せるんだけど、なかなか出てこないのが大変なんだよね』って言ってましたから」
「……いや、あのな、ミレイユ」
レオンハルトは言いにくそうに口を開く。
「フェニックスを倒せる人なんて、この国でもそうはいないぞ」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
ミレイユが目をまん丸にして慌てる。
「……ショックな話もあると思うんだが、ちょっと二階に降りてきてくれないか」
レオンハルトは胸の奥に苛立ちと苦しさを抱えながら言った。
――国の重要機密を隠す師匠。
――簡単にフェニックスを討伐できる師匠。
――そして、それに加担している総司令官。
どう転んでも、良い状況にはならない。
ーーー
レオンハルトは、二階に降りてきたミレイユに冊子を見せながら、今までの経緯を一つずつ説明していった。
ミレイユは最初こそ首をかしげていたが、やがて真剣な顔になり、冊子をじっと読み始める。
「これ……本当に国の重要機密なんでしょうか?」
困ったように問いかけてくる。
「この土地は国王の直轄地だ。それに、これだけ細かい魔物の記録があって、総司令官の筆跡まであるとなれば……普通に考えても機密文書だ」
レオンハルトはそう答えながら、彼女が現実を直視したくないだけかと思った。
だが、返ってきた言葉は予想外だった。
「……魔物の記載は、全部師匠の文字ですよ。ダリウスさんの筆跡は私にはわかりません。でも、二人は交際していたんですから、お互いの記録が混ざっていても不思議じゃありません」
さらりと言うミレイユに、レオンハルトは一瞬返事を忘れる。
「それに……」
と彼女は少し言いづらそうに続けた。
「樹海に入れないっていう認識阻害……師匠には通じないと思います。だって、認識阻害の道具を普段から作ってますからむしろ師匠ならどんな認識阻害をかけているのか嬉々として調べそうです」
「……なるほどな」
ミレイユの姿から師匠という人の様子もなんとなく思い浮かべることができる。
錬金術師ってみんなそんな感じなのか?
「だから勝手に樹海に入って、素材を集めて、魔物の姿を記録しただけだと思います。
錬金術師は、実験の経過を全部記録に残すのが習慣みたいなものですから」
ミレイユはページを指差しながら、ひとつひとつ説明していく。
ただ、最後に眉をひそめて首をかしげた。
「でも……このマークだけは、私も見たことがありません」
その言葉を聞いた瞬間、レオンハルトの肩から力が抜けた。
(……俺は、追われる身ってことで悪い方に考えすぎてたのかもしれないな)
総司令官だって、もし彼女が違法じゃない範囲で樹海に入ったのなら、防衛部隊に迷惑をかけないようにと地図に残して注意を伝えただけ――そういう可能性だってある。
もちろん、機密扱いになる以上は褒められることではない。
だが交際している二人が、情報を漏らしたわけではない範囲で、仲良く樹海デートをしていたからって、別に違法ではないのか....
今朝の認識阻害テントの中でのことを思い出し、レオンハルトは思わず赤面した




