31 塔の奥で見つけた冊子、どう考えても俺が触っちゃいけないやつ
焚き火をしながら、4階の木箱のもので不要なものと思われるものはどうすればいいかミレイユに確認をしようとした。
けれど、いつの間にか俺は、机に向かって作業するミレイユを見ていた。
真剣な横顔。
手の動きは淀みなく、行動に無駄がない。
昨日の様子を思い出してみる。
包帯の巻き方、睡眠玉の投げるタイミング、素材の解体――全部が的確で18歳とは思えない。
師匠から叩き込まれたと言っていたが、王都でもこのレベルの錬金術師はそうそういない。
魔術師ほどではなくても、錬金術師には魔力の量も質も必要だ。
そして繊細な手先、膨大な知識。
……よほど、子どものころから才能を見抜かれていたのだろう。
恋を意識したこともある。
けど、それ以上に彼女のことをもっと知りたくなってきた。
ーーー
結局、集中している彼女に声をかけられなかった。
……じゃあ、せめて分別だけでもしておくか。
そんなことを考えながら、木箱の蓋を開ける。
中は――冊子でぎっしりだ。
一冊、手に取る。
紙は普通の用紙。特別な細工も透かしもない。
暗号や隠し文字……は、ない。少なくとも今のところは。
ぱらぱらとめくる。
そこには、この樹海の魔物の特性や弱点が、精密なイラストと共に書かれていた。
小型の魔物から、見たこともない化け物まで。
地域ごとに分けてまとめられているらしい。
「……へえ、すごいな」
思わず声が漏れる。
これだけ緻密な情報をよく集めたものだ。
昨日のヘルカーン戦では苦戦したが――弱点や特性が分かれば、勝率はぐっと上がる。
……いや、待て。
樹海は国王の直轄地だ。
これって、かなりの機密文書なんじゃないか?
――手書きの地図も入っていた。
魔物の生息地が詳細に記されている。
そこで、俺の手が止まった。
先日、ミレイユに樹海を説明したときに描いた自分の地図を思い出す。
……似ている。あまりにも。
地形の描き方、目印の置き方――同じだ。
俺は、この書き方を……どこで覚えた?
視線が、地図の筆跡に吸い寄せられる。
見覚えがある。
いや――見間違えるはずがない。
これは……総司令官の字だ。
心臓がどくりと跳ねた。
俺は今、とんでもないものを見ているのではないか?
冊子の裏側には、見慣れない記号。
騎士団のマークなら王国旗と聖獣の組み合わせだが……これは違う。
まったく記憶にない紋章だ。
ぞわり、と背中に冷たいものが走る。
急いで木箱に冊子を戻し、外で見るのはやめることにした。
少なくとも――塔の外で触れるべきじゃない。これは“シークレット”だ。
木箱を抱えて塔の中へ。
扉を閉めた瞬間、肺の奥から息が漏れる。
……危なすぎる。
この塔に、総司令官は出入りしていた。
もしくは――ミレイユの師匠が、なぜか総司令官の機密文書をここに保管していた。
……それは、なぜだ?




