27 塔が本拠地になりそうな休養日
ひと段落ついたところで、ミレイユは昨日解体したヘルカーンの素材と、採取してきた素材の処理に取りかかった。
「ヘルカーンって、すごいですね……! 大きいだけじゃなくて、一匹まるごと使い道があるなんて。火炎系の爆弾にも、防具にも、日用品にも……夢が広がります!」
ミレイユがいうには、魔鳥やスライムなど小さな魔物は、魔核も何個か集めて使わないといけないし、日用品でも湿布のように使い捨てのものに利用することが多い。
しかし、ヘルカーンの魔核は、その一つの魔力がかなり大きく、何個か集めると例えば街の発電もできるし、1個でも相当な火炎属性の武器が作れる。
毛皮は、加工したら王都のような大きな魔導炉の断熱カバーにもなるらしい。街全体の魔力効率がよくなるから、なかなか一般には出回らない。
一般で使うなら、火炎防御の外套やローブなどにもなるが最高級品らしい。
話しだすと止まらないので、そのまま1日が過ぎそうな勢いだったため、
「早く処理しないと素材の質が落ちるんじゃないのか?」
というと慌ててキラッキラな目のまま3階の作業台に戻って行った。
今日は、お互い塔で休養しつつ、できることをやる予定だ。
俺は一度タウンハウスへ戻り、久しぶりにシャワーを浴びることにした。
浴室で服を脱ぎ、自分の体から万能包帯をとってみると、よく見なければ傷跡もわからないレベルに回復していた。
「あれだけの傷が、ここまで……万能包帯ってマジで化け物だな」
裂けたシャツを見る。ミレイユが丁寧に繕ってくれた部分の周辺は広範囲に自身の血が広がり固まっていた。
ヘルカーンのツノに引っかかっただけなのに、かなり出血していたらしい。
自分が思っていたよりずっと深い傷だったが、本当にダメージはない。
熱いシャワーを浴びる
汗と血の匂いが流れ、石鹸の香りに変わり、ようやく肩の力が抜けた。
……本当は、ミレイユにもこっちでシャワーを浴びてもらいたい。だが、指輪は彼女を塔から動かしてくれない。あくまでも、レオンハルトにピッタリハマる仕様になっていた。
そもそも交際もしていない十八歳の女の子を自分の家に連れ込んでシャワーを浴びさせるのはどうなんだという話だが。
最初は「いっそタウンハウスでかくまうか」とも考えた。
だが、管理人夫婦を巻き込むのは危険すぎる。二人とも高齢で、いつも良くしてくれる人たちだ。暇も出すことはできない。
とはいえ、魔除けの鈴が切れたら、昨日の悪夢が再び起こるかもしれない。
睡眠玉があったのはただの幸運で、少しでも運が悪ければ――俺もミレイユも昨日で終わっていた。
すごい素材なのだろうが、それだけすごい魔物であり、あの剣でも歯が立たなかった。
樹海防衛部隊って、名前だけ知っていたが……
もしあれを日常的に相手にしているなら、この国で一番の戦力じゃないか? 少なくとも第一騎士団で、あの魔物を被害ゼロで仕留められるやつは――俺を含めて、一人もいない。
……まずは、今、ここでできる最低限の防御だ。
女性用の防具も、来週仕事復帰して購入すれば「任務で使う」と思ってもらえるはずだ。俺の防具やウェアも、塔に置いておこう。
あとは寝具。
ミレイユがよければ、四階を借りて仕事が始まっても寝泊まりする。テントで一晩一緒に過ごしたんだ、今さらそこまで気を使わなくてもいいだろう。何かあったときにすぐ気づけるのが一番だ。……本当は危機がすぐわかるのがいいのだが。
食料と、ついでに酒も少し持っていく。
「……ふう、大荷物になったな」
両手いっぱいの荷物。さすがに一度では無理と悟り、何度か往復する。
――こうして気づけば、塔は俺にとって第二のタウンハウスになりつつあった。




