21 樹海に眠る師匠の足跡
レオンハルトとミレイユは、この塔から直径一キロメートル以内の確認をしていくことにした。
一キロなら少し足場が悪くても、普通の女の子の脚で往復1時間もあれば帰れる距離だ。
魔物よけの鈴で、行ける範囲内のみの設定にする。
「一応一キロメートルまでは把握するけど、採取に没頭していたら心配だからできれば移動は500メートル範囲ぐらいまでにしてくれ」
魔力樹海では、方位磁石がまったく役に立たない。
土地に満ちる魔力が強すぎて針が狂うのだ。
方向性がわからなくなれば命取りだ。
だからレオンハルトは、一定の距離を歩くごとに地面へピンを打ち込んでいく。
魔力塗料を塗った特製ピンだ。昼夜を問わず光り、半永久的に目印になる――この土地の魔力が、それだけで維持してくれる。
500メートルのところには色の違うピンを打ち込んだ。
そんな彼の横で、ミレイユはしゃがみ込み、魔法草や風鳴草を一株ずつ丁寧に摘んでいた。
「ハイポーションって材料が手に入りにくいんですけど、ポーションはこの魔法草と水だけで作れるんですよ」
摘み取った葉を指先で転がしながら、ミレイユが続ける。
「効果は魔法草と水の品質で決まります。ここの魔法草と水は見たことないぐらい魔力を含んでますから、きっと良いポーションになります。……あ、ハイポーションも、この前、三階で見つけた材料を使えば、少し効果を落としたやつなら作れると思います」
「ポーションは、今後どんな場面でも使えるしな」
レオンハルトがピンを地面に押し込みながら相槌を打つ。
「王都で売ったら……やっぱり足がつきますか?」
「月影亭がなくなれば、他の魔道具店に客は押し寄せる。兵士や重病人は品質のいい物を求めるから、月影亭の品が出ればすぐに噂になるだろうな。似た商品を売っている奴は、間違いなく調べられる」
「……ですよね」
ミレイユの肩がわずかに落ちる。
レオンハルトは、そんな彼女を横目にちらと見て言った。
「やるなら、この樹海の材料だな。魔物の核や、この間の羽みたいなやつ。普通の冒険者もギルドに売ってる物なら、足はつきにくい」
ミレイユは少し考え、また黙々と魔法草を摘み始めた。
風の音と、ピンを地面に打つ金属音だけが、魔力樹海に響いていた。
ーーー
1キロまで行っては戻るを数回繰り返すと、日が完全に高くなる。
水場があったので、そこで軽く顔を洗ったり、手を洗って昼ごはんにすることにした。
「ここの水、霊峰山というところからの水でしょうか?ハイポーションに使う聖域の水にそっくりです」
ミレイユが小瓶に水を詰めながら、キラキラした目で水をうっとり見る
「ハイポーションが高いのは、レアな魔物素材が必要なのもありますけど……この水がなかなか手に入らないからなんです。魔獣を突破して、聖域って呼ばれる“入る者を選ぶ山”の湧水じゃないと使えないんですよ」
「その山って……」
「もしかしたら霊峰山かもしれません。私は師匠から素材をもらって作るだけなので。もちろん、塔の周りにある綺麗な水でも、ハイポーションよりやや劣りますけど作れます。普通にお店に出回っていて、効果が低いのは選んだ水なんですよね」
ミレイユは水に夢中で、その重要性がわかっていない。
ここは、国王直轄地、その中でも選ばれたものしか入れない。
おそらくだが、正確にいうと認識阻害を受けないものだけが入れる山という意味だろう
レオンハルトは、淡く輝く水面を見ながら考えた。
(この水……ハイポーションに使われる物とほぼ同じということは.....ミレイユの師匠はやはりこの樹海や霊峰山に自由に出入りしていた可能性が高い)
一方で、この土地は“立ち入り禁止”じゃない。
認識できない者は辿り着くことすらできないというだけだ。
だから出入りしても誰にも咎められない
……だが。
ここで何らかのトラブルに巻き込まれて、総司令官と師匠が陥れられた可能性も、否定はできない。
当然、総司令官も魔力樹海や樹海防衛部隊の存在は知っているはずだ。
いや、むしろ――俺よりずっと深く関わっているはず。
(……くそっ)
できれば、こんな場所にミレイユ一人を置き去りになんてしたくない。
なんとかして……なんとかして、彼女を無事に保護できる方法を見つけなければ――。




