148 忘れた記憶と残る想い
アリエルは、ここにきて魔導炉の状態が明らかに異常であることに気づき焦っていた。
正直、途中から決闘中の兄のことなんてどうでもいいと思っていたぐらいだ。
思った以上に、魔導炉の傷みが早い。
「……私の記憶がない間に、いったい何があった?」
過去の私の日記を開くと、魔導炉の稼働率を常に100%で回し、さらに新たに魔導炉を欲しがっていたと書かれていた。
まさか――100%以上の魔核を突っ込んで、整備もろくにしなかったのか?
しかも、私の血を抜いて魔力に変えようとするとか、嫌がらせじゃなくて、本当に魔核代わりに補えると思っていたのだろうか?
あまりに魔術師団長ライナルの知識の浅さに驚いてしまう。
なんでそんなやつが団長になった?
「ダリウス、オルフェンはどうして魔術師団長を辞めたんだ?」
オルフェンは私が樹海防衛部隊になる前までの魔術師団の団長だった。
「行方不明になった。そのまま団から外れたって報告だけだ。それから何度も団長は変わったな。
俺が総司令官になってから内部を探ったが……魔導炉は樹海の奥深くにある。騎士団を連れて魔術師相手に詳細を調べるのは不可能だった」
自分が知ってる魔術師団の最後の様子から考えたら...
「……じゃあ、オルフェンは殺されたんだな」
自然と声が低くなる。
「魔術師団は、勝った者だけが残る世界だから」
「そうなのか?」
「そうだ。私は自分から襲うことはなかったけどな。強かったから。いつも襲ってきた奴を返り討ちにしただけだ」
淡々と言いながらも、胸の奥はざわつく。
おそらく、魔術師団は目の前の権力闘争に夢中で引き継ぐべきことや、モラル、自分たちの役割を忘れて殺し合ったのだろう。
いや、そんなこと考えるわけない。なぜなら、昔の私もこんなこと考えなかった。
目の前にあるものを排除するのみだ。魔導炉の知識も錬金術も伝えるものとしてではなく、これが役割と言われて何も考えず遂行していただけだ。
――でも今は、おかしいと思っている。
「もしオルフェンが私を狙っていたなら、返り討ちにして私が団長になっていた。けど、お互い狙わなかった。私は自分の力に自信があるから襲う必要なかったんだ。
私はオルフェンの勧めで、樹海防衛部隊の一人部隊になった。オルフェンは私にやられるんじゃないかと危機感を感じたんだろう。それからのことは知らないけど」
横になりながら、どうして私はダリウスに過去のことを話してるんだろうとぼんやり思う。
なぜだろう?私を知って欲しいのか?
「魔導炉の設計や整備を教わるのは、一部の強い者だけだった。そして、私以外誰も残ってない。みんな死んだんだと思う。魔導炉の王都に続くラインに高濃度魔力が漏れ出てる……早く止めなきゃ。だから余計に王都の魔力が足りないんだ」
ダリウスはこんなに過去を話すアリエルに驚いていた。
いや、アルベルトに決闘を申し込んだり、もう驚くこともないと思っていたが、まだまだ俺の知らないアリエルがいる。
ダリウスの力があっても魔導炉内部に入るのは難しいらしい。何度も一緒に入りたいと伝えたが、本当に危ないからと全力で阻止された
アリエルは魔導炉のラインを見に行くたびに汗まみれで戻ってきて、意識も少しぼやけている。
急いで、冷やして抱きしめると、溶けたような顔で安心して短い時間眠りにおちる。
……その繰り返し。
「アリエル、今日はもうダメだ。これ以上は行かせない」
ダリウスの声にアリエルも限界が近いと自分でもわかっていたようだった。
「今夜中に直したかったけど……無理。あそこまで高温だと、ヘルカーンの毛皮じゃ保護しきれない。一度冷やさないと。霊峰山に行くついでに氷属性の大型魔物の毛皮を取る。それと、高濃度魔力に負けないテープも……」
そう言ったときには、もう外はもう明け方
「ダリウス、私……記憶がない。でも……あの魔術師団でここまで生き延びたのは、奇跡みたいなものだ。きっと、たくさんダリウスに守ってもらったんだろうな。
だから、日記の女も、映像の女も、全部、ダリウスとの記憶を持ってて、ちょっと妬ましい」
寝言みたいな小さな声。でも、胸の奥から溢れた本音だった。
「アリエル……」
ダリウスが私の肩をそっと抱き寄せ、真剣な声で囁く。
「記憶がなくても、また一から一緒に作ればいい。俺が、たっぷり甘やかしてやる。今は全部一人で背負わなくていい。……俺は、兄ほどじゃないけど、アリエルを守れるくらいには強いんだ」
顔を上げて彼を見ると、その瞳は真っ直ぐで熱くて、胸の奥がギュッと締めつけられる。
「たくさんの思い出、これから一緒に作りたい」
気づけば、子供みたいに縋るような声が出ていた。
「信じろ」
ダリウスは微笑み、でもその笑顔に力がこもっている。
私はへにゃっと笑いながら、小さく頷いた。
眠気に任せて、意識を少し手放す。
「霊峰山は俺が行ってくる。アリエルに似合う、素敵な宝石も探してくるから。戻ったら……ドレスだけじゃなくて指にもつけてくれるか?結婚しよう」
その言葉に、眠気でぼんやりしていた私の目がパッと覚めた。
「今までの思い出、全部なくしても……いいのかな……?」
涙がひと粒、頬を伝う。
本当は、日記の女も映像の女も羨ましかった。
私だって、ダリウスにたくさん愛された記憶がほしい。
「アリエルが素直に俺に伝えてくれたら、絶対守る。いっぱい思い出を作ろう。『大丈夫』なんて言わなくていい。いいね?」
私は深く頷く。すべてを委ねるように、意識の奥底に沈んでいった。




