114 魔導炉潜入戦――眠りに落ちる術者たち
魔導炉は、丸い筒のような建物だった。
木陰に身を潜め、レオンハルトとダリウスは敷地を覗き込む。
数人の魔術師が宙を漂い、施設の周囲を見張っている。
「……本当に飛んでやがる」
思わず息を呑んだ。
飛行なんて、一般人からすれば物語の世界だ。
その光景だけで、まるで自分が異世界に迷い込んだような錯覚を覚える。
到底かなわない――そんな無力感すら背中に張りついた。
隣国では科学技術で飛行物を作っていた。
それらは、この国の魔力でコントロールを失わせて、落としていた。
目の前にいる連中は、それを“個人”でやってのけているのだ。
ダリウスが、すっと手を前に出した。
「魔力を狂わせる」
次の瞬間。
レオンハルトの目が見開かれる。
ダリウスの掌から凄まじい魔力が奔り、空気を震わせながら魔導炉に向かって広がった。
「――ッ」
思わず声がでそうになる。恐怖で口の中が乾く。
(ダリウス……何者なんだ……!?)
「元々、魔力が強すぎる家系なんだよ。もっとも、俺より兄の方が上だが……アリエルはさらにその上だな」
淡々と告げる声に、更にアリエルって何者なんだよと背中に嫌な汗が流れる。
魔力を浴びた魔術師たちが、酔ったように飛行を乱しはじてた。
壁に当たったり、ふらふらして、やがては制御を失って墜ちていった。
ふらつく術者たちを横目に、ダリウスは小さな睡眠玉を浮かせる。
「……ふっ」
その一息と同時に、玉は銃弾のように走った。
命中した瞬間、術者たちは次々と力なく地面に転がる。
わずか数分の出来事だった。
「……外は制圧完了だな。捕縛するぞ」
レオンハルトたちは即座に動き、眠った魔術師を壁際にまとめて束縛紐で拘束していく。
⸻
設計図によれば、魔導炉は三階にある。
制御装置も同じ場所に集中していた。
一階は通信室や会議室、二階は宿舎。
そして三階が中枢。
まずはライナルの確保。
次に、魔導炉の制圧だ。
「入り口は……魔力認証か。厄介だな」
眠らせた術者を連れてきても、反応はない。
「力ずくで破るしか……」
その提案に、ダリウスが眉間を寄せた。
彼は倒れた術者の指先をかすかに切り、浮かせた血をドアへと散らす。
――カチャン。
ロックが外れた。
「……血液の魔力に反応したか」
ここまでのダリウスの無双ぶりにもはやかける言葉もない。
迷いなく扉を押し開け、隊員たちは雪崩れ込む。
「まずは一階を制圧だ!」
廊下は真っ暗だったが、夜目レンズがあれば問題はない。
部隊は左右に分かれ、部屋を一つずつ潰していく。
だが、中にはまだ術者が残っていた。
睡眠玉で眠らせ、傷をつけぬよう捕縛する。
ただ――
睡眠玉をかける前に飛び出してきたのは、まだ幼さの残る顔のものが多い。
十代前半に見える者すらいた。
「子供……だと?」
それでも彼らは命を賭けて襲いかかってくる。
そのように言われているのだろう。
容赦なく炎を、濁流を、建物の中でぶちまけようとする。
「くっ……!」
だが未熟な分、力は粗い。
レオンハルトは躊躇を振り払い、手刀で昏倒させていった。
(どこからこんな子供を……)
同じ団でも、騎士団にこんな子供はいない。それだけ魔術師団が異様であることがわかる、
左右に分かれた部隊が合流する頃には、一階の制圧は完了していた。
しかも、こちらに負傷者は一人もいない。
1階にいるのは、魔術が使えても、戦闘経験もなく、ただ魔法を振り回すだけの未熟なものたちの集まりだった。
緊張と焦燥が渦巻く中、二階、三階へと続く階段が、暗闇の奥で待ち受けていた。




