1 国を揺るがす錬金術師の駆け落ち――弟子は何も知らない」
「何か知ってることはないのか? 一番弟子だろ!」
ミレイユの師匠であり、親代わりでもあった錬金術師アリエルと、この国の総司令官ダリウスが国の金を横領して駆け落ちした――そんな噂を聞いたのは、事件が起きた昼のことだった。
街で評判の錬金術師の店『月影亭』は、何でも揃う雑貨屋。
石造りの古い建物に、師匠アリエルの誠実な技術と商売の心が詰まっていた。
「師匠が総司令官と駆け落ち……?」
ミレイユは思わず立ち上がる。
「国の金を横領?そんなはずない!ここには何もない。絶対間違いよ!」
でもその声は届かず、役人たちは店の扉を乱暴に開け、帳簿も商品もお金も全部没収していった。
「全部没収だ。事情を知ってる奴は吐かせろ」
震える店員たちを前に、ミレイユは必死で叫ぶ。
「大丈夫、みんな。きっと何かの間違いよ!」
でも、ミレイユ自身も何が起こっているのか分からなかった。
―――
師匠アリエルは国一の錬金術師。
総司令官ダリウスは国一の剣士。
二人で、ひそかに愛し合っていることは知っていた。
私を拾い育ててくれた師匠は、まだ30代になったばかりの国からも信頼されている錬金術師。
総司令官だって、立場はもちろんいうまでもなく高い人だし、40代になったばかりで、実力もまだまだ現役、周りから信頼されていて、トラブルなんて起こさない。
やっと掴んだ幸せを壊すなんて、ありえない。
なのに、どうして誰も信じてくれないんだろう?
―――
「何か知ってることはないのか、一番弟子だろ!」
何度も何度もそう聞かれたけど、本当に知らない。
ミレイユは一番で尚且つ唯一の弟子な上に娘だったから、連行され、まるでリンチのような取り調べを何日も受け続けた。
「知らない!何のことか分からない!私だって知りたい!」
体はボロボロ、心も折れそうだった。
そして、取り調べのあと店に戻ると――
かつて師匠と一緒に築いた『月影亭』は、無惨に荒れ果てていた。
割れた窓。
散らばる薬品。
混ざり合った臭い。
誰もいない、静まり返った店内。
その光景を見て、ミレイユは小さく呟いた。
「……師匠……」
涙がこぼれた。
どうしよう。
取り調べは拷問みたいで、体中が痛い。
でもここにいるのも危ない。
まだ誰かに見られている気がする。
セキュリティなんて、ないに等しい。
そんな時、割れた薬品の中に一つだけ無事なポーションが目に入った。
喉に含むと、甘くてほっとした。
何日も飲み物を口にしていなかったから。
鞄に錬金道具を詰め込み、木の床に血を垂らす。
「もしもの時に使え」って師匠が言ってたけど、今がその時なのかもしれない。
すると床に隠されていた魔法陣が、血に反応して淡く光りだした。
赤い血はだんだん白く輝いて、ミレイユを包み込み、消えていく。
兵士たちがその光に気づき、慌てて駆けつけたときには――
そこには少女の姿も、魔法陣も、何も残っていなかった。
「あの弟子、何か知ってやがった!急げ、報告しろ!」
兵士たちの声が響く中、ミレイユはもう安全な場所にいた。
これで終わりじゃない。
むしろ、私の物語は、ここからが本当の始まりだった――。