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紅に朽ちる  作者: ANONYMAS
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存在意義

生徒会室の窓から射し込む西日が、朽葉の横顔を朱色に染めていた。


ペンを走らせる手を止めると、ふっと溜息が零れる。


(……もう、一ヶ月か。)


如月紅葉に拾われるようにして生徒会に入ってから、毎日膨大な帳簿や予算書と向き合った。

何をしても無駄だと諦めていた自分が、こうして机に向かっていること自体が不思議だった。


「朽葉、お疲れ。」


副会長の霧島理央が背後から声をかける。

その声色はいつもと変わらず穏やかだ。


「……ああ。」


「今日も助かったよ。お前、細かい作業得意だな。」


「別に。」


理央は笑って、朽葉の肩を軽く叩くと自分のデスクへ戻っていった。

書記の水嶋紗耶も、視線を上げると柔らかく笑いかけてくる。


(……)


胸の奥が、かすかに温かくなる。

こんな感覚、いつぶりだろうか。


家も家族も居場所も奪われて、

誰も信じられないと思っていた。


(……でも。)


ここにいると、ほんの少しだけ生きていてもいい気がした。


その時、扉が開く音が響いた。


「……何を休んでいるの、朽葉くん。」


冷たく澄んだ声。

生徒会長、如月紅葉。


「別に休んでるわけじゃ――」


「言い訳は要りません。

 あなたにはまだ、備品購入計画の再計算と、来月予算の下書きが残っているでしょう。」


無表情で机に書類を置く紅葉。

その横顔は隙ひとつなく整っていて、近寄りがたい光を放っていた。


「……分かってる。」


朽葉は小さく呟き、再びペンを握った。


(……こんなことをしていて、意味があるのか。)


この一ヶ月。

事件の真相に近づく手がかりは何一つ掴めていない。


どれだけ仕事をこなしても、紅葉は事件の情報を渡そうとしない。


(俺は……何のためにここにいる?)


「……」


机に突っ伏したくなる気持ちを抑えながら、数字の列を追う。


生徒会室の外では、蝉が最後の声を絞るように鳴いていた。

その鳴き声が、やけに遠く感じられた。


(……俺は、ここにいていいのか?)


ほんの少し芽生え始めた温かさと、

心の奥に澱のように溜まった虚無感が、

互いに引き裂き合うように胸を締め付けていた。


放課後の生徒会室。


朽葉は帳簿整理を終えると、静かに立ち上がった。

書類をまとめ、生徒会室を出ようとする。


「……帰るの?」

紅葉が、書類整理の手を止めずに問いかける。


「ああ。俺がここにいても意味ないしな。」


「意味がない?」


紅葉はゆっくり顔を上げた。冷たく理知的な眼差しが、朽葉を射抜く。


「あなたは、まだ事件のことを調べたいのでしょう?」


「……」


「それに、生徒会の仕事も覚えきれていないはず。無責任に放り出す気?」


その言葉は冷たいようで、どこか縋るようでもあった。


「……どうしてそこまでして俺をここに置きたい?」


朽葉は伏せていた目を紅葉に向けた。

淡々とした声。だがその奥には、揺らぐような迷いが潜む。


紅葉は視線をそらし、机上の書類を無意味に指でなぞる。


「……会計が空席では、生徒会の効率が落ちる。それだけよ。」


「……それだけなら、副会長でも書記でも補えるだろ。」


「……あなたじゃないと駄目なのよ。」


小さく呟かれた言葉に、朽葉はわずかに目を見開く。


「……なぜ。」


紅葉は唇を噛み、しばし沈黙した。そして凛とした声で続ける。


「……あなたは、私の言葉にも媚びず、恐れず、ただ淡々と向き合う。

他の誰も、私を真正面から見ない。」


「……」


「……それに。」


彼女は一瞬だけ伏し目がちになり、絞り出すように言った。


「ここにいる時のあなたは、少しだけ……穏やかな顔をしている。」


朽葉は目を細め、静かに息を吐いた。


「……そうか。」


「……帰るなら、止めはしないわ。」


紅葉は再びいつもの冷たい顔に戻す。


「でも……私はあなたにここにいてほしいと思っている。それだけよ。」


その声は確かに冷たかった。

けれどその奥には、決して隠し切れない微かな優しさが滲んでいた。



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